第48話『癒しの街、タラクサクム』
焚火に使用した木々を片付けると、出発の準備が整った。
「そうだ、ティア」
「ん?」
「これを返すよ」
そう言うとカノアは、首から下げていたネックレスを外してティアに返す。
視界の端でキリエがネックレスで遊びたそうに目を輝かせているのが見えたので、カノアはじっと視線を注いで牽制をする。
「うぅ……」
残念そうにキリエが声を漏らしていると、荷台の方からアイラが歩いて来てキリエに何かを被せた。
「代わりにこれで我慢しな」
「え?」
キリエは自身の頭に被されたものを触り、それがキャスケット帽であることを確かめると歓喜の声を漏らした。
「わぁ! ありがとう!」
「荷台に丁度良さそうな帽子があったんだ。そいつを被ってれば、街に行っても亜人だってバレないだろ」
思いもよらなかったプレゼントを貰い、キリエはネックレスの事は忘れたようにすっかり上機嫌となる。
「それと、尻尾も外に出ないように服の中にしまってな」
「うん♪」
「じゃあ準備も出来たし、出発するか」
カノアが皆に声を掛けると、全員が幌馬車へと乗り込んで一行はタラクサクムへと出発したのだった。
◆◇◆◇◆◇◆
「うわぁ!」
キリエが驚きと喜びの入り混じったような声を上げて辺りをぐるりと見渡した。
「私、こんなに大きな街初めて!」
キリエの視界にはタラクサクムの街並みが広がっていた。
タラクサクムはクサントス帝国の帝都からは少し離れたところに位置する街であったが、キュアノス王国の王都タラサと比べても遜色ない程賑わっていた。
「あまりはしゃいで帽子を落とすなよ」
楽しそうに興味を方々に向けているキリエを見て、カノアはキリエに注意を促す。
「分かってる!」
カノアの声に元気の良い返事をすると、キリエは頭に被っていたキャスケット帽を押さえながら、目に映る店を引っ切り無しに
頭の部分が丸みを帯びているお陰でキリエの獣耳は上手く隠せていたが、いつその帽子が飛んで行ってもおかしくない程に楽しそうに走り回っている。
「亜人だとバレたら大変なことになると分かっているのかアイツは……」
キリエの様子を心配そうに眺めながら、カノアはため息交じりの愚痴を零す。
だがキリエがはしゃぐのも無理はないかと、カノアも街並みを見渡してその色取り取りの装飾に興味を示す。
「しかし、ここは随分と確かに賑やかな街だな。何かお祭りでもやっているのか?」
鮮やかな装飾は街中の建物の至る所に施されており、屋根から屋根を伝うように何かデザインされた幕のようなものまで広げられていた。
これが通常の風景だと言うならば、随分と楽しそうな街であることに異論は出ないはずだ。
「これはシノミディア祭の準備だね」
不思議そうに街を見渡していたカノアに、ティアが話し掛けてくる。
「シノミディア祭……。そういえばメラトリス村でも一度聞いたな。毎年八ノ月に行われている収穫祭、だったか?」
「うん。色々あって忘れてたけど、もうすぐお祭りなんだね」
カノアが問い掛けると、ティアは
カノアはその何処か寂しそうな雰囲気を察すると、きっと何事も無ければティアはメラトリス村でその日を迎えるはずだったのだろう、とカノアは切ない気持ちになる。
「あ! そいえば、カノアはモイラカードは持ってる?」
カノアが少し黙ってティアの事を見つめていると、沈黙を破る様にティアが突然カノアに質問を投げかけた。
「モイラカード?」
ティアの口から出て来た聞き馴染みのない言葉にカノアは問い返す。
「モイラカードって言うのはシノミディア祭で使うカードの事で、事前に願い事を書いて当日まで大事に持っておくの。当日まで誰にも願い事を見られないようにして、お祭りのシンボルの木に紐で結び付けると願いが叶うんだよ」
ティアの説明を聞きながら、カノアは何処となく七夕のことを思い出した。
「当日書いたらダメなのか? それなら人に見られる心配も——」
「それじゃダメ! 書いてからお祭りまでの期間が長ければ長いほど、その願いが叶いやすくなるの! だからその日に書いても意味がないんだよ!!」
「そ、そうなのか……」
軽い気持ちで聞いたカノアとは裏腹に、ティアは手を握りながら力説する。
「二人は持ってる?」
ティアは後ろを振り返り、黙って二人の話を聞いていたアイラとアイリにも同じ質問を投げかけた。
「んにゃ」
「持ってない」
ティアの質問にアイラとアイリが揃って首を横に振ると、ティアがその場を仕切る様に四人に話し掛ける。
「じゃあ後でみんなの分、貰いに行こっか♪」
四人が楽しそうに会話を弾ませていると、キリエも戻って来て仲間に入れて欲しそうに顔を覗かせた。
「何の話?」
「シノミディア祭の準備のお話だよ! キリエの分も一緒に貰いに行こうね♪」
「お祭り! うん♪」
全員が再び揃ったところで、カノアたち一行は町の中へと歩みを進めた。
◆◇◆◇◆◇◆
カノアたちが街の更に賑わっている中心街の方に進んでいると、見知らぬ少女が興味深そうに声を掛けて来た。
「お兄さんたちは旅の人?」
「そうだが」
カノアがそう答えると女の子は途端に笑顔を見せて嬉しそうに話し出す。
「ようこそ癒しの街、タラクサクムへ! 私、マリネラって言うの! 旅の人とお話しするのが好きなんだ♪」
カノアたちが旅人であることを理解して一人テンションを高くするマリネラだったが、何か気になったのかアイラが口を挟むように質問をする。
「癒しの街ってのは何だ?」
「この街は治癒魔法の研究が盛んで、外の国からも覚えたいって人が多く訪れることからそう呼ばれるようになったの!」
アイラがこの街のことに興味を持ったと分かると、マリネラは嬉しそうに質問に答えた。
「治癒魔法……」
何かを気にする様子のアイラに、今度はカノアがアイラに質問をする。
「治癒魔法に興味があるのか?」
アイラは少し自分の気持ちを整理するように、ゆっくりとした口調でカノアの質問に答える。
「あたしは今まで相手を倒すことしか考えて来なかった。だけど、エリュトリアの町で誰かを守るってことの大切さを知ったんだ。だから治癒魔法も覚えられるなら覚えておきたいって思っただけさ」
戦いにこそ勝つことは出来たが、アイラ自身も先日の戦いで深い傷を負った。
そして失ったものも大きかった戦いに自身の実力不足を痛感し、悔しい思いをずっと胸の内に秘めていたのだろう。
アイラの悔しさを垣間見せるような言葉を聞くと、マリネラが寄り添うように言葉を重ねた。
「この街では、治癒魔法以外にも回復薬の調合なんかも学べるから、治癒について調べたいなら色々と周ってみると良いよ!」
「そうなのか。ありがとな♪」
「そうだ! それと観光するなら、今はあの有名な移動サーカス団『
マリネラが治癒魔法以外にもオススメがあると、一行の先頭に立っていたカノアに提案をする。
「移動サーカス団?」
「大体ひと月に一度くらいの間隔で町に来てくれてる移動サーカス団で、今丁度街に滞在してるの!」
「サーカスかぁ! 面白そうだね♪」
「ひとまずエルネストと合流してからだな」
ティアが興味を示すと、忘れてはならない優先事項がある、とカノアが話をまとめたのだった。
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