第47話『油断も隙も無い』
「ん……」
「あ! 大丈夫?」
ティアの膝の上で亜人の少女が目を覚ますと、一同は心配してその様子を覗き込んだ。
「ここは……?」
亜人の少女は起き上がるとキョロキョロと周囲を見渡す。
大きな
「ここはあなたが運ばれていたのと同じ馬車の中。だけど、あなたを運んでいた商人はもう居ないし、今は私たちだけだから安心してね」
「助けてくれたの……?」
亜人の少女は、伺うようにティアに問い掛けた。
「うん♪」
ティアはそう言ってニコッと笑う。
「う……うぇぇぇん!!」
亜人の少女はティアが安心できる人物だと理解すると、すぐさま声を上げて泣きついた。
「お母さんが、連れて行かれちゃって……! 助けようとしたのに、私も捕まっちゃって!!」
ティアは亜人の少女を優しく抱きしめると、慰めるように頭を優しく撫でる。
「お母さんは、どんな人に捕まったの? 何処に連れて行かれたか分かる?」
「分かんない……。だけど、クサントス帝国がどうって話し声だけは、馬車に乗せられてるときに聞こえてきて……」
亜人の少女が不安そうに答えると、アイラがその不安を拭うように強気な笑顔を浮かべて話し掛ける。
「んじゃ、行き先は同じって事だな。何処のどいつか知らないが、そいつらも見つけてとっちめてやんないとな!」
亜人の少女はティアとアイラの顔を交互に見ると、強く頷いたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆
空には薄闇が広がり夜の到来を告げていた。
カノアは平原に生える少し背の高い木の傍で幌馬車を止めると、荷台に向かって話し掛けた。
「そろそろ辺りも暗くなってきたし、今日はこの辺りまでにしておくか?」
カノアの声に反応するように、ティアが荷台から顔を覗かせて返事をする。
「そうだね。この感じだと明日のお昼ごろにはタラクサクムの街に到着できると思う」
ティアに続くようにアイラも顔を覗かせると、荷台に置いてあったと思われる袋を見せてくる。
「んじゃ、とりあえず飯にするか。荷台にちっとばかし食料もあるみたいだし、今日はこいつを頂いちまおうぜ♪」
馬車ごと奪った今、遠慮する必要も無いかとカノアもその提案に同意した。
皆はひとまず馬車から降りると適当な木を拾って焚火を作り、それを囲うようにして今夜の食事が始まった。
◆◇◆◇◆◇◆
焚火を囲みながら袋の中に入っていた干し肉や果物などを皆が口にしていた。
その時、何か思い出したようにティアが「あ!」と声を上げたので、皆が何事かとティアの顔を見る。
「そういえばまだお名前聞いてなかったね?」
ティアがそう言ったところで、皆は亜人の少女の顔を見て「そういえば」と今更ながらの疑問に気が付く。
「私はティアって言うの。あなたお名前は?」
「私、キリエ!」
「キリエね。うん、ありがと♪」
キリエが答えると、ティアが笑顔を返す。
「あたしはアイラ。そんでこっちがあたしの妹でアイリだ」
アイラが干し肉を噛みながらそう答えると、キリエは一人一人の顔を確認しながら名前を呼び返す。
「ティアお姉ちゃん。アイラお姉ちゃん。アイリ——お姉ちゃん!」
見た目的にはアイリとキリエはそう歳が離れていないようにも見えるが、キリエからお姉ちゃんと呼ばれたことに対し、アイリは少し頬を赤らめて喜んでいるようにも見えた。
そしてキリエがカノアの顔を見たところで、自分の順番が回って来たとカノアは口の中のものを飲み込んでから自己紹介をする。
「俺はカノアだ。よろしく」
「うん! よろしく!」
自己紹介も終わり、空腹がある程度満たされたところで、各々は食事の後片付けを始める。
「ふぅ。とりあえず腹の足しにはなったな♪」
「ごちそうさまでした。美味しかったね」
「ああ、悪くなかった」
ティアは片付けを終えると、何かを確認するようにすぐそばにあった背の高い木の周りをぐるっと一周した。
「どうしたんだ?」
カノアが質問をすると、ティアは胸元から母の形見のネックレスを取り出して返事をする。
「この辺に魔物の気配は無いけど、一応結界を張っておこうかと思って」
「そう言えば、そのネックレスには魔除けの効果があるんだったな」
「うん。少し魔力も込めておくからもし近くに魔物が出たら反応してくれると思う」
「それは助かるな」
カノアたちがそんな会話をしていると、アイラが黙ってそれを聞いていたことに気が付く。
「どうした?」
「んにゃ。何でもないよ。あたしは先に荷台に戻って寝る準備するよ」
アイラはそう言って踵を返すと、背中越しに手を振ってアイリと一緒に幌馬車の荷台に戻って行った。
「どうしたんだ、アイラのやつ?」
カノアが不思議そうにアイラが戻っていくのを見ていると、ティアが艶っぽい声を上げた。
「ちょ、ちょっとキリエ! くすぐったい! んっ!」
カノアが振り返ると、ティアの上に覆い被さる様にしてキリエがじゃれついていた。
「……何してるんだ?」
「はっ!? ご、ごめんなさい!」
カノアに声を掛けられて、キリエが我に返ったように顔を上げる。
すぐさまティアの上から降りると、少し服装が乱れて息の上がったティアがカノアに恥ずかしそうに視線を返す。
「……えっち」
「俺は何もしていないだろ」
とばっちりだとカノアは溜息を吐くと、キリエに向かって話し掛ける。
「何のつもりだ?」
「ご、ごめんなさい。綺麗なものを見ると、つい反応しちゃって……」
亜人の動物部分の習性なのだろうかとカノアが考えると、キリエが悪気は無かったと反省の色を見せる。
「俺たちも少し気が抜けていたのかもしれないな。キリエが敵のスパイだったら、と考えると良い教訓になった。だがそれはそれとして、疑いを掛けられるような行動は避けるんだ」
「はい……」
カノアは自身にも油断や隙が生まれていた、と自省しつつキリエにも釘を刺す。
そしてキリエはしゅん、と頭の上に生えている耳を倒してティアに「ごめんなさい」と告げた。
ティアも乱れた服を整えると、キリエに「もうしちゃダメよ?」と優しく言い付ける。
「俺は外で見張りをしておくから、そのネックレスも預かっておこうか?」
「良いの? じゃあお言葉に甘えて♪」
ティアはそう言ってネックレスを取り外してカノアに渡す。そしてティアが荷台に戻ろうとすると、荷台の方からアイラが顔を覗かせた。
「カノア! 外で見張りをするならこいつを使いな」
アイラはそう言うと、紐で纏められていた大きめの布を荷台からカノアの方に投げ渡す。
「ああ、ありがとう」
カノアがそれを受け取って礼を言うと、返事の代わりだとアイラは手を振って荷台の中に顔を引っ込めた。
「じゃあ私たちも荷台に戻ってるね」
「ああ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
そしてティアとキリエも荷台へと戻ると、カノアは受け取った布を体に掛けて焚火を見つめる。
「——色々あったな」
揺れる炎を見つめながら、カノアは今までのことを思い出していた。
異世界に飛ばされ、キュアノス王国で過ごした激動の数日間。
「日付で言えば、あれもたったの数日のことか——」
そして、エリュトリアの町での出会いと別れ。
「アノス——さん——」
カノアの
◆◇◆◇◆◇◆
「カノア、カノア?」
「ん……?」
カノアは体を誰かに揺さぶられる感覚で目を覚ました。
目を開けると空には薄っすらと明るさが戻っており、朝の到来を告げていた。
「あ、ああ。もう朝か」
カノアが少し
だがカノアの理解とは裏腹に、ティアはどうにもカノアの事が理解出来ないと怪訝な表情を浮かべていた。
「カノア、私そういうの良くないと思うの?」
寝起きだからなのか、自身に向けられた言葉に理解が追い付かないとカノアは頭を悩ませる。
だがやはりどんなに考えても答えが出ないと、カノアはティアにその真意を聞き返す。
「何の話だ?」
カノアはそう聞いたとき、ティアの横にアイラとアイリも立っていることにようやく気付く。
そして、二人もティア同様に怪訝そうな視線で自分を見つめている事に気が付くと、アイラが腕を組みながら軽蔑するように言い捨てた。
「この前までは小さいお姫様で、次は亜人の女の子か。随分と良いご趣味をお持ちの様だなカノア?」
アイラからそう言われた数秒後、カノアは自身のくるまっていた布の中で何かが動いたことに気が付く。
ゆっくりと視線を落とすと、布の中に動物の耳のようなものがチラリと見えた。
次第に脳が覚醒してくると、ティアたちの言葉と布の中に見える耳の正体が紐付き始め、自分が置かれている状況に血の気が引いていくのが分かった。
「ま、待ってくれ! 俺は何も知らない!」
「ったく。毎度毎度、油断も隙もありゃしねーぜ」
時すでに遅し。アイリからの軽蔑の眼差しが決め手となり、アイラたちは揃って荷台へと戻っていく。
「酷い誤解だ……」
アイラの言葉に、本当に油断も隙もあったものじゃない、とカノアは布の中で安心するように寝息を立てているキリエを見て溜息を吐いたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆
ティアたちは荷台に戻って来ると、カノアの相変わらずの巻き込まれ体質を笑っていた。
「わざとじゃないから笑えるんだよな♪」
アイラはそう言うと、先ほどカノアが寝起きで見せた焦りの表情を思い出して笑いを零す。
「うんうん♪ あ、そいえばさっきの話だけど」
「ん?」
ティアが何かを思い出したようにアイラに話を振る。
「カノアの趣味のお話。小さいお姫様の他にもう一人居たんじゃない?」
アイラは一瞬何の話かと疑問を浮かべていると、少し悪戯な笑顔で自身を見つめるティアを見て何かを察し、顔を真っ赤にする。
「あ、あたしはそんなんじゃねーし! ティアだってあいつに傍で支えてくれって言われてたじゃん!」
「私はお姫様抱っこなんてしてもらったことないもん♪」
「あ、あれはあいつが勝手に! ……ったく、ティアと居ると何か調子狂うぜ」
「えへへ♪」
きっと外ではまだ困惑しているであろうカノアをよそに、二人はガールズトークに花を咲かせていた。
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