幕間『interlude -Seven deadly sins-』

 空には暗雲が立ち込め、豪雨が地上へと降りしきる。

 その暗雲に紛れるようにして黒い影は雲の中を飛翔していた。


色欲ルクスリア。貴方は私に利用価値が残っているとおっしゃいましたね?」


「はい、我が騎士シュバリエのお言葉です」


 色欲ルクスリアと呼ばれたその者は、妖艶な声でゲブラーの問い掛けに答えた。


「そうですか。彼女には一つ、大きな借りが出来てしまいましたね」


「しかし、常に用意周到で慎重なあなたがこうもやられるとは想像していませんでした」


 色欲ルクスリアがそう言うと、ゲブラーは憂いを帯びた声で答える。


「私も、ランダムウォーカーの力がここまでとは思いませんでした」


「彼はいったい何者なのでしょうか?」


 色欲ルクスリアがランダムウォーカーと呼ばれた黒髪の少年について興味を示すと、ゲブラーは自身の持っている情報を繋ぎ合わせるように返事をする。


「はっきりとはまだ分かりませんが、彼は報告にあった通りループを破壊する能力を持っているのは間違いありません。恐らくですが、彼もまた、なのでしょう」


 その言葉に、色欲ルクスリアは何かを考えるように少し口を噤んだ。

 その様子を見てゲブラーは謎の少年について更に知りうる情報を口にする。


「ですが、収束のシナリオそのものはどうだったでしょうか? 結果としてあの男が死ぬという目的の一つは、となりました。それは、トリガー自体は破壊されましたが、収束のシナリオ自体は破壊されていないことを意味しています」


「つまり彼の力は、ループは壊せるが運命自体は変えられないと?」


 色欲ルクスリアの問い掛けに、ゲブラーは薄っすらと笑みを浮かべて答える。


「所詮はバタフライ・エフェクト蝶のはばたき。この世界ではそのような可能性すらも収束されてしまうのでしょう」


「……それが、の力というわけですか?」


「そう言うことです。あの方は何処まで先が視えているのやら。私は常々、仲間であることさえ恐ろしいと感じていますよ」


 ゲブラーは何か恐ろしいものの存在をほのめかすように、僅かばかりの恐怖を言葉に滲ませた。

 そして、それ以上は言及することをはばかるとばかりに話の軌道を変える。


「まずは目的が一つ果たされたことを喜びましょう」


「しかし、何故こんなリスクを冒してまで、死者の魂を取り込ませようとしたのですか? あなたであれば、もっと別の方法で傲慢の覚醒を行う事も出来たでしょう?」


 色欲ルクスリアの問い掛けに、ゲブラーは一つの疑問を投げ返す。


「あなたはなぜ、虚飾の罪が七つの大罪に数えられなくなったか分かりますか?」


 色欲ルクスリアは少し考えをまとめるように黙ると、僅かな間隔を空けて口を開いた。


「——数えられることすら禁じられた。それこそが虚飾が背負った罪そのもの、ということでしょうか」


 色欲ルクスリアの回答に満足したのか、ゲブラーは口角を上げて今度は答えを投げ返す。


「その通りです。そして、強欲アウァリティアを生み出す誕生のシナリオ。傲慢スペルビアに虚飾を取り込む収束のシナリオ。この二つのシナリオによって、全てのアマデウスが揃いました。後はそれぞれのアマデウスの覚醒を行うのみ」


「となると、次のシナリオは——」


「ええ、宴の時は近いです」


 豪雨に紛れるように飛翔していた黒い影は、そのまま姿をくらませるように不気味な言葉だけを残して暗雲の中へと消えて行った。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 時を同じくして、エリュトリアの旧ギルドにある一室の窓から、豪雨の中を黒い影が飛んでいくのを白髪の少女が見つめていた。

 黒い影が暗雲の中へと消えていくと、少女は僅かに安堵の表情を見せる。


「どうやら、彼は無事に退けたみたいですね」


 少女以外に誰も居ないはずの部屋で声だけが少女に語り掛けた。

 だが少女はそれに驚きもせず、窓の外を見つめたままただ言葉だけを返す。


「……けど、アノスさんが死んだ」


「それも最初から分かっていたことでしょう?」


「……」


 少女はその言葉に口を噤んだ。そしてゆっくりと目を瞑ると、死者に祈りを奉げるように少し俯く。

 だが謎の声は、まるで死を宣告するかのように、無慈悲なまでに少女に現実を突きつける。


「あなたも、こうして居られる時間は残りわずかですよ?」


「……分かってる」


 雨音にかき消されそうなほど静かな声で少女はそう返事をする。そして少女はゆっくりと目を開けて部屋の中を振り返った。

 だが部屋の中からは先ほどの気配が消えており、それ以上謎の声が聞こえてくることは無かった。

 激しい雨が建物を打つ音だけが室内に響くと、白髪の少女は自分だけが世界に取り残されたかのような孤独に晒されていることを実感する。


「……お姉ちゃん」


 白髪の少女は憂いを帯びた顔でそう呟くと、机の上に置かれていた櫛の入っている手鏡を悲しそうに見つめた。



-------------------------------------------------------------



第二章幕間を読んでいただきありがとうございました。

次回より第二章中編開始となります。

作品のフォロー並びに☆☆☆を頂けますと大変励みになりますので、よろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る