第44話『英雄たちのレクイエム』

「さぁ、今日は一気に作業を進めるぞ!」


「よっしゃ!」


 男たちの元気の良い声が大峡谷に響く。

 それは、カノアたちがエリュトリアの町を出立した翌日の事だった。


「一日でも早く流通を再開させて、俺たちで町を取り戻すぞ!」


「おうよ! 今日も朝から気合十分だぜ!」


 男たちは大きな木材を肩に担ぎながらせっせと運ぶ。


「そういや、今日はルイーザさん居ねぇのか?」


「ん? ああ、ルイーザさんならお嬢と一緒だ」


「そういうことか。んじゃ、帰ってくる前にきっちり仕事終わらせておかないとな!」


「そうだな!」


 ◆◇◆◇◆◇◆


 その古城は先日の戦いで大きく崩落しており、大聖堂だけが何とか形を保っていた。

 そんな大聖堂に、花束を持った少女と甲冑を身に纏う女騎士の姿があった。


「——ほんと、へたっぴな文字」


 ルビーは慰霊碑を見つめながら呟くと、持っていた花束をそっと慰霊碑の祭壇に置く。

 置かれた花束の横には、綺麗な装飾の酒瓶が封をされたまま置かれていた。

 ルビーはチラッとその酒瓶を見ると、再び慰霊碑に目を戻して声を震わせる。


「これなら、私の方がまだキレイに彫れるわよ」


 ルビーはそう言うと、思わず横に居たルイーザに抱き着いた。

 そして声を殺して静かに肩を震わせると、ルイーザはルビーを優しく抱きしめた。

 ルイーザはルビーの頭を撫でながら慰霊碑を慈しむような目で見つめる。そこには二人分の名前が彫られていたが、片方の名前は掘っている途中のままになっているようだった。


「きっと、ママの字が分からなかったんだわ」


 途中まで彫られていた名前をルイーザが見ていると、ルビーがそう言った。


「ルイーザ。お願いがあるの」


 尊敬し、想いを寄せていた人の忘れ形見。

 ルイーザはルビーの想いを汲み取ると、優しく慈しむように口を開く。


「ええ、分かっています。誰かがちゃんと傍に居てあげないと、すぐに呑み過ぎてしまいますからね」


 ルイーザの言葉を聞くと、ルビーは思わず押し付けていた顔を離してルイーザの顔を見る。

 雨が降り出しそうな空模様のように、ルビーの顔は今にも崩れそうだった。


「——今は、二人きりです。我慢しなくても、良いんですよ」


 ルイーザはその顔を見ると、両膝を着いてルビーを抱きしめた。


「ルイーザぁ……」


 ルビーの声が次第に悲哀を帯びたものに変わっていく。そして、それに重なるようにルイーザの声も次第に悲しみを滲ませていく。


「もう、我慢しなくても、良いんですよ——。っ、うっ、くっ」


「うぇぇぇん!!」


 ルビーがその悲しみを静かな大聖堂に響かせると、ルイーザもせきを切ったように声を出して涙を流す。

 あの戦い以来、ルイーザは気高いその誇りを胸に自分の感情を押し殺してきた。

 アノスというこの町の象徴を失った今、騎士団の長である自身が先頭に立って皆を導かねばと。


「ルイーザぁぁぁ! 本当は、カノアに、傍に居て欲しかったの! だけど、だけど、うぇぇぇん!!」


 ルビーも自らの意思を押し殺し、最後はカノアたちをこの町から送り出した。だが、この慰霊碑に刻まれた文字を見て、その気持ちが再び決壊したダムのように止めどなく溢れ出る。


「ええ。分かって、います。私も悔しい! あの人の命が失われていくのを、ただ涙を流して見ていることしか出来なかった!!」


 ルイーザもついには自身の気持ちを吐き出すように、大粒の涙を流してルビーと抱き合う。


「だが、あの人が残してくれた想いを! 願いを! 私たちは受け継いでいかねばならない!」


「ルイーザぁぁぁ!! うぇぇぇん!!」


「ルビーは一人じゃありません! 一人になんか、させません!! 一緒に力を合わせて、アノス様やリアナ様の残した温もりを、必ずこの町と共に受け継いでいきましょう!!」


 そして二人は、静かな大聖堂で互いの内に秘めた気持ちをいつまでも吐き出し続けた。悲しみも、希望も、悔しさも、愛も。

 人は決して一人では生きていけない。だからこそ、互いの手を取り、支え合い、生きていく。

 大聖堂の窓から差し込む光は、いつまでも二人を優しく包んでいた。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 かつてこのエリュトロン王国を大魔戦渦マギアシュトロームが襲った。

 王室は滅び、周囲にあった町や村も壊滅的な被害を受けた。


 だが唯一その難を逃れ、生存することが出来た町があったという。

 その町の名はエリュトリア。


 命を懸けてその町を救った勇敢な二人の英雄の名が、今は崩落してしまったエリュトリア王城の大聖堂にある慰霊碑に刻まれている。


《アノス=アリスィアス》

《リアナ=アリスィアス》


 町の人間たちに聞くと、慰霊碑に刻まれた文字は一部を除いて随分と下手くそな文字だと口を揃えて笑う。

 いつ誰がその名を掘ったのかは誰も知らない、らしい。

 だがこの国に住む者なら、刻まれたその二人の名を知らぬ者はいない。

 そして、町の人間たちはこの話をすると、必ず最後に口を揃えて付け加える言葉がある。


「この町には、もう一人英雄が居た」と。


 それが一体誰なのかは慰霊碑には記されていない。

 だがその英雄の存在は、今でもエリュトリアに住む人々の心の支えとなっている。


 この地に眠る二人の英雄に安らかな眠りを。

 名も無き英雄の行く末に幸多からんことを。




― 第二章前編 完 ―


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ここまでお読みいただきありがとうございました。

これにて、第二章前編は幕引きと相成ります。


少し間が空きますが、後日幕間を二話ほど投稿いたします。

そちらを持ってエリュトロン王国でのお話は終了となります。


最後の文章を読んで、前編? と思われた読者様。はい、その通りです。

この章、まだ前編が終わったところなんです。

中編では新たな国クサントス帝国での物語となり、後編ではとある国での物語と、第二章は三つの国での出来事が一つに繋がる三部作となります。


クサントス帝国ではどんな運命が待ち受けているのか。

どうぞ、お楽しみ頂けますと幸いです。

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