第43話『あなたが残した温もりは、明日を照らす灯火となる』
その日、数日振りに雨が止んでいた。
だがまだまだ空には雲が立ち込めており、またいつ降り始めてもおかしくない空模様だった。
「この町のことは私たちに任せてくれ。あの人の意志は私たちが受け継がないとな」
旧ギルドの大広間のテーブルを囲んで、カノアたちは顔を合わせていた。
ルイーザは無理矢理笑顔を浮かべてカノアたちに告げるが、目の下が少し赤く腫れていたことに誰かが触れることは無かった。
「皆はクサントス帝国に行くんだったな。ではこれを」
ルイーザは懐からカノア、ティア、アイラ、アイリの四人分の通行証をテーブルの上に並べる。
「ありがとうございます!」
ティアがそう言って自分の分とカノアの分を手に取る。
「カノア。これ」
ティアはカノアの前に通行証を出すとそっと声を掛けた。
「あ、ああ。……ありがとう」
カノアは何処か上の空でそう答えた。
「それと、これは私からの推薦状だ。通行証と一緒に、この刻印を検問の兵士に見せれば問題なく中に入れてくれるだろう。その後はギルドにこの手紙を持って行き——」
ルイーザは手紙の説明をしながら、騎士の刻印で封がされている手紙をティアに渡した。
そして、あまり言葉を口にしないカノアを気遣ってか、落ち着いた口調で諭すように語り掛ける。
「良いか、カノア殿。あの人の想いを、決して、ただの歴史にしてはいけない。大事なのは歴史を学ぶことじゃない、歴史から学ぶことなんだ。こんな惨劇が繰り返されないように、我々は全力であの人の意思を受け継ぐんだ」
「ルイーザさん……」
カノアがルイーザの言葉に力のない返事をすると、ティアとアイラは視線だけを合わせるに互いに目配せをした。
◆◇◆◇◆◇◆
「なぁ、カノア。あたしらはクサントス帝国に向かう。やっぱりあの野郎をこのまま野放しには出来ねぇ。それに、ティアの仲間にも会って確認しなきゃいけねぇことがある」
扉の向こうからアイラお姉ちゃんの声が聞こえて来た。
「それでね、カノア。カノアは後から追い掛けて来てくれても良いよ? 色々やり残したこともあるだろうし……」
ティアお姉ちゃんの声も聞こえて来て、カノアも一緒に居るのが分かった。
「そう……だな……」
カノアが元気の無い声でそう答えた。
「通行証は持ってるんだし、先に私たちが帝国に行って泊まるところとか色々探しておくね。もし、到着したらその時改めて合流しよ?」
「俺は——」
カノアの声はずっと迷ってた。その理由は、今でも少し心が繋がってる私が、一番良く分かってた。
◆◇◆◇◆◇◆
カノアたちが大広間へ降りてくると、多くの町の人たちが集まっていた。
ラヴィスやレヴァンたち。それに、この町に来たとき果物をくれた店主や町で会話した男の顔も。
(そうか。俺が力を使ったせいで、みんな——)
カノアの力で虚飾の魂は再び現実のものとなり、生命を取り戻した。そして、ルビーの傲慢の力によって、この町は
(大いなる力には、大いなる責任が伴う、か。命とは、魂とは、何なんだろうな)
「おう坊主。これから旅立つってやつが、そんなしみったれた顔してんじゃねぇ」
カノアが憂いを帯びた顔で俯いていると、レヴァンが近づいて来て頭に手を置いた。だが、決して乱暴にではなく、悲しむ子供をあやす大人のように優しさが込められていた。
「いえ、俺は——」
レヴァンはカノアの言葉を遮るように、ティアに話し掛ける。
「嬢ちゃんたちも、達者でな。あんま無理すんじゃねぇぞ?」
「うん。レヴァンさんたちも、ちゃんと休んでね?」
「おうよ!」
レヴァンたちがティアたちにも別れの挨拶を告げると、一部の町の男たちからも悲しみの声が上がり始める。
「うう、アイラちゃんも行っちまうのか……」
「もうアイラちゃんの手料理食えねぇと思うと、俺は、俺はぁ!!」
ティアがその姿に「あはは……」と苦笑いを浮かべると、アイラは腕を組んで男たちに向かって言い捨てる。
「うっせぇ! ……また、気が向いたら作りに来てやるよ」
「アイラちゃん!!」
期待を込めた男たちの顔に、アイラは「気が向いたらだって言ってんだろ!」と釘を刺す。
「ま、こんな感じだから俺たちは大丈夫だ。またいつか、この町にも寄ってくれよな」
「うん、ありがとう! じゃあ、私たちは——」
「ティア」
ティアがアイラたちと旧ギルドを出て行こうとすると、カノアが呼び止める。
煮え切らない気持ちのまま、ティアたちに別れを告げるのはやはり違うと、カノアは自身の言葉を口にする。
「俺はやはり、この町に残るよ」
カノアがハッキリとそう言うと、ティアはしっかりとカノアの目を見て頷く。
「——うん。わかった。そう言うと思ってた」
ティアは否定することなく、優しい顔でカノアの言葉を受け入れる。
「あたしとアイリも先に行ってる。もし、決心が付いたら追いかけて来いよな」
「ああ、色々と気を遣わせてすまない」
カノアはティアたち一人ひとりの顔を見て、心に刻む。
共に戦ってくれた仲間たちの顔を。共に歩んでくれた仲間たちの顔を。
そして、いよいよティアたちとの別れの時が——
「ちょっと待ちなさいよ!!」
——来ることは無かった。
その声と共に、「バンッ」と大広間の扉が勢いよく開かれると、誰もがその声に驚き、一同は視線をそちらに向ける。
「カノアの助けが無くても私たちはやっていけるわよ! あんたたちもアイラお姉ちゃんの手料理がどうとか何言ってるの!? それでアイラお姉ちゃんまで残るとか言い出したらどう責任取るつもりなのよ!!」
「お嬢……」
その威勢の良い言い回しに、思わずレヴァンが言葉を飲み込む。
「カノアはね、これから世界を救う英雄になるんだから! こんな小さな国くらい私たちだけで何とかして見せるわよ!」
ルビーの目はどれだけ泣いたか分からない程に真っ赤になっていた。
だが、そこにはもう涙は浮かんでいない。ただ明日を照らす、強い意志だけが灯っていた。
「ルビー……」
「お嬢……」
ルビーの気高い言葉に、カノアや町の人々は次第に伝染するように胸の奥が熱くなっていく。
「あんたたちもパパが居なくなったら何もできないの!? あんたたちがそんなんだったら私一人でもこの町を何とかして見せるわよ!!」
気丈に振舞うが、その小さな手は震えていた。ルビーは間違いなく、この場で一番幼く、そして一番傷付いている。
だが、目から涙は一滴たりとも零れない。それは、ようやく灯された火が涙で消えてしまわないように、強く明日を見据えていた。
「さぁ、カノア。私の気が変わる前に出て行って頂戴! 次帰ってきたときはあのお城も綺麗になってるから、そこに招待してあげるわ!」
そして、ルビーはカノアの前にゆっくりと歩くと、手を握って小指を差し出す。
「ちゃんと、パパの仇を打ってくれなきゃ承知しないんだから」
「……ああ! 必ず、だ」
そして二人は、この国で最後の約束を交わした。そして指を切ると、ルビーは腕を組んでカノアから顔を背ける。
「じゃあ今日限りで、私の騎士の座を解雇するわ!」
「え!?」
カノアがひょうきんな声を上げると、ルビーは「クスッ」と笑う。
「その代わり、次この国で会う時は私が王妃様。それで、カノアはパパの後を引き継いで、王様にでもなって貰おうかしら?」
ルビーの言葉に、ティアとアイラが呆れた様にカノアを見る。
「それって……」
「お前まさかと思うが、あたしたちの見てないところでルビーに変なことしてないだろうな?」
「ご、誤解だ! 俺は誓ってそんなこと——」
カノアは助けを求めるようにルビーを見ると、ルビーは自分のほっぺたに指を当ててウインクをした。
(まさか、あの日の事を覚えて——)
何か思い当たる節でもあるのかと、アイリは「少しは見直していたのに」とでも言いたげに、軽蔑した目でカノアを突き放す。
すると、いよいよレヴァンたちも黙っていられないとついに騒ぎ出す。
「おうおう坊主! 俺たちの目が黒い内は、これ以上ウチのお姫様に指一本触れさせないぜ!?」
「おうよ!
「そうだそうだ! それまで帰ってくんじゃねぇぞ、馬鹿野郎!」
「でも、絶対また帰って来いよな!」
町の人間たちはこれ見よがしに騒ぎ立てると、カノアたちをもみくちゃにしながら旧ギルドの外へと押し出していく。
「ちょ、ちょっと! そんなに押さないでください!!」
「えへへ♪ みんなありがとう!」
「世話んなったな! また、その内帰って来るよ!」
「暑苦しい……」
町の人たちはカノアたち四人を外まで押し出すと、「バタンッ」と扉を閉めてしまった。
「……で、どうすんだ?」
答えを聞くまでも無いが、とでも言いたげに、笑いながらアイラがカノアに質問を投げかける。
「ここまでされて、残るわけにもいかないだろう」
カノアが観念した様にその決意を口にすると、ティアも同じく決意を口にする。
「私たちは、私たちのやらなきゃいけない事を終わらせに行こ!」
アイリも言葉には出さないが、真っ直ぐした目で明日を見据えるようにカノアを見る。
「そうだな。——クサントス帝国に急ごう」
カノアは空を見上げ、今は亡き師にその想いを馳せる。
果たして、クサントス帝国で待つものとは。アノスから聞いたイデア教会とは。
カノアは首から下げたテウルギアを握り締め、仲間と共に歩む未来に願いを込めた。
「——そうだ。この国を出る前に、寄っておきたいところがあるんだが、大丈夫か?」
「うん、良いけど?」
そう言ってカノアは、この国でやり残した最後の仕事を終わらせに、ある場所へと向かったのだった。
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