第18話『少女の懺悔』

「結局昨日は何も起きなかったのか。じゃあ前回どうしてアノスさんたちは襲われて……」


 カノアは旧ギルドを出ると、前回と違って襲撃が起こらなかった原因について思考を巡らせながら町の中を散策していた。

 人が多く行き交うエリュトリアの町。

 初めてこの町を訪れた時とは、まるで違う町に来ているようにすら感じられる。


「俺の事を誘い出したあの黒いローブの男を、また見つけられないだろうか——」


 唯一の手掛かりとも言える黒いローブの男。

 襲撃のあった夜は誘い出すように接触してきたが、いざこちらから接触しようにも何も手掛かりが無い。

 カノアは、近くにあった木製のボロ椅子に腰を掛けると一息ついた。


「あ、居た!」


 何処からか聞こえて来たその聞き馴染みのある声は、駆け足と共にカノアの方に近付いてきた。


「もう! 体調悪いのに、一人で出歩いちゃダメなんだから!」


 ルビーは両手を腰に当てると、少し拗ねた様にほっぺたを膨らませて見せつけてくる。


「追いかけて来たのか?」


「パパに聞いたらお外に出て行ったって言うし、心配させないでよね!」


 そう言うとルビーはカノアの隣に腰を下ろす。

 態度こそ少しツンツンしているが、心配して追いかけて来てくれたことは間違いない。

 カノアは口には出さなかったが、胸に僅かな温かさを感じていた。


「ねぇ。昨日の夜、ママと一緒に居なかったのかって私に聞いたこと、覚えてる?」


 ルビーは先ほどまでの態度とは打って変わり、少し気まずそうに口を開く。


「ああ」


「……実はね、昔ママが死んじゃったのは私のせいなの」


「……どういうことだ?」


 ルビーの唐突な言葉に、深く事情を聞いて良いものか、とカノアは一瞬言葉を詰まらせた。

 だがルビー自身が語ろうとしているのであれば、それは受け止める必要がある。

 カノアは軽く相槌を打ちながら、ルビーの言葉に耳を傾けた。


「昔ママが死んじゃった時も、今みたいにずっと咳しててね。それなのにずっと私の事を見ていてくれたの。自分の事は大丈夫だからって、いつも笑ってくれていて」


 ルビーは過去を振り返りながら、目に涙を浮かべ始める。


「でも、結局ママは良くならなくって……。あの時私がもっと良い子だったら、もっとママのこと助けてあげられたらって、ずっと辛かった!」


 ルビーが強く目を瞑ると、溜まっていた涙が押し出されるように頬へと流れ落ちた。


「このままじゃ、また前みたいにママが死んじゃうって思ったら、傍に居るのが怖くなって!」


 ルビーは懺悔をするようにカノアに訴えてくる。


「それで昨日はリアナさんの傍に居られなかったのか」


 カノアは、鼻をすすりながら泣きじゃくるルビーを落ち着かせるように優しい口調で声を掛けた。


「リアナさんとの思い出は辛いものばかりだったか?」


「え?」


「リアナさんはルビーのことをとても大切にしている。まだ出会ってから多くの時間は過ごしていないが、リアナさんがルビーを見ている時の目はとても優しい母親の目をしている。リアナさんと一緒に暮らしていた時、楽しい思い出もたくさんあったんじゃないか?」


「……うん」


 カノアの語り掛けに、ルビーは涙を拭きながら答えた。


「ママはすっごく優しくて、いつも笑ってくれていて、パパのことも、私のことも大好きだって、いつも言ってくれて……っ」


 ルビーは嗚咽に言葉を遮られながらも、拭いても拭いても流れ落ちてくる涙を、それでも何度も拭き続ける。


「理由は分からないが、確かに今、リアナさんはルビーの前に居るんだ。このまま遠ざけ続けて、後悔しないか?」


 カノアは、ルビーの頭を優しく撫でながら落ち着かせる。


「カノア……」


「伝えたいことがあるなら、伝えたい気持ちがあるなら、伝えられるときにちゃんと話をした方が良い。きっと、リアナさんはルビーが傍に居てくれなくて、今も寂しい思いをしているんじゃないか?」


 カノアの諭すような言葉は、ゆっくりとルビーの顔に笑顔を取り戻す。

 ルビーは胸に秘めていた辛さを吐き出せたと、憑き物が落ちた様にカノアに笑顔を向けた。


「うん、私ったらおバカさんね。もっとママの傍に居なきゃ! どうしてこんなことで悩んでたのかしら!」


 そう言ってルビーは立ち上がる。


「私、ママの所に行ってくるわ!」


 ルビーは手を振ると、一人で旧ギルドへと帰って行った。


「俺も、用事を済ませて来ないとな」


 カノアはそう言うと、自身の考えにも整理がついたと立ち上がり、一人古城へと向かうのだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆


「やはり刻まれている人の名の大半が消えている、か」


 カノアは慰霊碑の前に立つと、その様変わりした様子を目でなぞっている。

 刻まれた名前の多くの箇所が歯抜けになっており、もはや数えるまでもなく慰霊碑から幾つもの名前が消えていることは明らかだった。


「下手に祈りを奉げてまた幻影に入りこむとマズイ。確認したいことは済んだから、今日は長居をしないように帰ろう」


 そう言ってカノアは足早に大聖堂から出て行く。

 そして、その様子を隠れて見ている人物が居たことに、カノアが気付くことは無かった。

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