第16話『ある昼下がりの一幕』

 エリュトリアの町を少し離れた荒野にティアは居た。

 見晴らしは良く、周囲が開けたその場所は、魔法の試打には打ってつけの場所だった。

 だが——、


「んー……」


「どうした?」


「上手く出せないの」


「ふむ……。まだ試作段階ではあるが、魔法式はちゃんと組み込んであるんだがな。反応すらしないとはどういうことだ?」


 ティアはドロシーから例の神具もどきの試作品を受け取ったが、上手く扱えない。


「やっぱり複数の属性を操るのって難しいのね」


 ティアはしょんぼりと落ち込みながら、ドロシーから受け取った杖型の魔導具を見つめた。


「仮にもデクス・ソフィアと同等の魔法式を組み込んであるからな。すぐに上手くいかなくても仕方がないさ」


 ドロシーは慰めの言葉を掛けつつも、自身の作成した魔導具の改良点に思考を巡らせる。


「まだエリュトリアには居るんだろう? その間に上手く扱えるように調整してやるさ」


「うん。ありがと! 私も、もうちょっと練習してみるね」


 そう言ってティアは、魔法が発動しない杖を一生懸命に振るうのだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆


「ルイーザさん! こいつは何処に持って行くんでい!?」


 強面こわもての男が大きな木材を担ぎながらルイーザに話し掛けた。


「それは橋を支える為の柱に使う。崖の近くに持って行ってくれ!」


「おうよ!」


「ルイーザさん! こいつは——」


 強面こわもての男がその場を去ると、また別の強面こわもての男がルイーザに指示を仰ぎに来る。


「それは——」


 ルイーザは的確に指示を出しながら、崩れてしまった大峡谷の橋の復旧作業に取り掛かっていた。

 自分より一回り以上年の離れた男たちをまとめ上げながら現場を円滑に回す様は、流石帝国の騎士団長と言ったところだ。

 ルイーザはひとしきり指示を出し終えると、腰に手を当てて「ふぅっ」と息を整える。

 だが、それを狙ったように背後から近づく影が一つ——。


「だんちょー」


「ひゃいっ!?」


 ルイーザが凛々しい顔で辺りを見渡していると、誰かが耳元に息を吹きかけるように話し掛け、ルイーザは変な声を上げた。


「うふふ。可愛いお声」


 ルイーザが顔を真っ赤にして振り返ると、側近のシンシアが嬉しそうな顔で微笑んでいた。


「シ、シンシア! 何をするのですか!?」


「ルイーザ様の凛々しいお顔を見ていると、つい」


「つい、ではありません!!」


「二人とも何やってんスか……」


 ルイーザとシンシアがたわむれていると、二人の元にもう一人の側近が呆れながらやって来た。


「シルヴィア! 聞いてください、シンシアったら——」


 シルヴィアと呼ばれた女騎士は、いつものことだとルイーザを落ち着かせる。

 この場に集まった三人にこそ、クサントス帝国のハグネイア騎士団の三本柱と呼ばれる存在だ。

 騎士団長のルイーザを筆頭に、側近のシンシアとシルヴィア。そして配下には数十人の騎士たちを従えるが、この三人の実力はその中でも群を抜いている。


「ですが、私は騎士団長としての——」


 顔を赤くしながら必死に弁明をするルイーザを可愛いと見つめるシンシア。

 やれやれと呆れながらも、その場をいつものことだと受け入れるシルヴィア。

 三人は幼少期からの付き合いで、いつも行動を共にしてきた。そのため、ルイーザがなかなか引かないときはどうすれば良いかシルヴィアは熟知していた。


「そう言えば、今日はアノス様来ないんスか?」


 アノスの名前を出され、ドキッとしてルイーザは言葉を詰まらせる。


「あ、あの方は次期国王としてやることが——!!」


「けど、これって本当はアタシら帝国の仕事じゃないっスよね?」


「よ、良いのだ! これも訓練の一環と思って——!!」


 ルイーザは何故かこの場に居ないアノスに変わって、アノスの弁明を必死に行う。

 理由は周りに駄々洩れなのだが、これでいて本人は未だ隠し通せていると思っている所がまた可愛いと、シンシアの心の声が聞こえてきそうだ。


「多分今頃お酒呑んで、どっかですっ転んでるっスよ?」


「……」


 シルヴィアの容赦ない言葉がルイーザの心を締め付ける。


「この時間なら、きっとエレナさんのところね。今は何杯目かしら?」


「…………」


 シンシアの言葉がルイーザの心に追撃を掛ける。


「お、賭けるっスか? アタシは何杯目かも分からないくらい酔っぱらっている方に金貨一枚っス!」


「あら、私もそちらに金貨一枚なので、これじゃ賭けになりませんわ? うふふ」


 二人が可笑おかしいと顔を合わせて笑い合っていると、ルイーザの心がついに限界を迎える。


「お、おお、お前たち!! アノス様だって、良いところは沢山あるんだぞ!!」


 ルイーザの言葉に、二人は新しい玩具おもちゃが投げ込まれたと悪戯いたずらな顔を互いに交わした。


「へぇ、例えばどんなところっスか?」


「どんなところです?」


 二人はニヤニヤしながらルイーザを問い詰める。


「そ、それは……。自ら先頭に立って皆を率いてくれるし、ああ見えて男らしいところもあるし、たまには優しい言葉を掛けてくれるし……」


 二人に詰め寄られ、ルイーザはモジモジしながら受け答えをする。


「なるほど、ルイーザ様は随分とアノス様に可愛がって貰ってるんスね!」


「羨ましいわ。私も殿方に甘い言葉を囁かれたいものです」


カシラってば、リアナさんが居るってのに、こんな可愛い嬢ちゃんにまで手を出そうとしてんのか」


「けしからんな。今度とっちめてやんねぇと!」


 ルイーザは気が付くと、周りを沢山の人たちに囲まれていた。

 シンシアとシルヴィアの言葉に同調するように、屈強な男どもが腕を組みながらルイーザに同情している。

 自身を取り囲む状況に理解が追い付くと、ルイーザは赤い顔を更に赤くして感情を爆発させた。


「き、ききき、貴様らー! さっさと作業に戻れー!!」


 ルイーザが蜘蛛の子を散らすように騒ぎ立てると、大峡谷に乙女の叫びがこだましたのだった。

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