第15話『必勝のギャンブル』
「いよう、エレナ! 頼んでおいたものはあるか?」
「ええ、あるわよ。ちゃんとリアナに飲ませてあげてね?」
カノアたちは『紅い楽園』に辿り着くと、リアナの薬を受け取った。
その目的を知っていたカノアは特に言及することなく、二人の会話に耳を傾けていた。
「よし、じゃあ薬も受け取ったところで——」
アノスがチラッとカノアに視線を送ったところで、カノアはその真意を悟ったように言葉を返す。
「どうせ吞むんですよね?」
「お! お前もなかなか俺の事を分かるようになってきたじゃないか♪」
以心伝心、といったカノアの言葉に、アノスは上機嫌でエレナに酒を要求する。
「てなわけで、一杯頼むわ! せっかくだから今日はこいつにも一杯——」
「だからダメって言ってるでしょ! カノア君はまだ子供なの。これ呑んだら早く帰ってリアナにお薬飲ませなさい!」
そう言ってエレナは戸棚の後ろから残り少ない酒瓶とグラスをアノスの前に出す。
「これっぽっちかよう……」
しょんぼりと落ち込むアノスだったが、何故かニヤリと笑うとカノアに話し掛けてくる。
「カノア。吞めなくても、賭けくらいは出来るよな?」
「賭け? 何を賭けるんですか?」
「こいつだよ」
そう言ってアノスは残り少ない酒瓶を手に持って揺らす。それは、賭けに負けた方がその酒の代金を支払うといった提案だ。
「酒ですか? それじゃ勝っても俺にメリットが無いでしょう」
カノアが話にならないと提案を却下すると、アノスは胸に掛けていたネックレスを取り出してカノアに見せる。
「んじゃ、こいつを賭けてやろうか?」
悪ガキのように笑うアノスに、カノアはため息をつく。
「大事なものなんでしょ? そんなものを簡単に賭けないでください」
だがアノスは余裕たっぷりに皮肉を返す。
「それだけ自信があるってこったよ。小僧にはまだまだ負けないさ」
「……冗談じゃない」
カノアは子供扱いされたことに、ムッとした表情を見せる。
「やっぱ子供じゃこの量の酒を買う金も持ってないか」
アノスは焚きつけるように残り少ない瓶を揺らしてため息をついたが、カノアはそれに応えるようにポケットに手を入れ、バンっと音を立てて数枚の硬貨をテーブルの上に置いた。
「勘違いしないでください。どうせ賭けるなら、新品の瓶じゃないと面白くないということです」
「……へぇ」
カノアの置いた硬貨を前にアノスの目の色が変わる。
それはキュアノス王国で手に入れた物だが、カノアはその中でも特に質の良さそうな金貨をテーブルの上に置いたのだ。
「アノスさんの一番好きなお酒はどれですか?」
「エレナ、アレはあるか?」
「ほんと、どうして男の人ってこんなバカばっかりなのかしら」
二人のやり取りに巻き込まれると、エレナは面倒な子供の相手をするように言い捨てた。
エレナは戸棚の奥にしまっていた綺麗な装飾の瓶を取り出すと、カノアたちの前に置く。
「こいつは俺とリアナの思い出の酒なんだ」
そう言ってアノスは目の前に置かれた瓶を手に取ると、懐かしそうに見つめた。
「では俺が負けたらそれを奢ります。勝ってもそのネックレスを受け取るつもりはありませんが」
カノアのその言葉を皮切りに、アノスも楽しそうにテンションを上げていく。
「もう勝った気で居るとは笑わせるぜ」
「何とでも言ってください」
「んじゃ、もしお前が勝ったらアノス二世を名乗ることを許してやるよ!」
「いえ、それは丁重にお断りします」
「あれも嫌だこれも嫌だって子供かお前は!」
「ええ、見ての通りまだ子供です」
まるで兄弟喧嘩をするように、二人は言葉を重ねていく。
「——なので、俺が勝ったら、俺が大人になる時までそのお酒はお預けです」
カノアのその言葉はただお預けという意味ではない。大人になった暁に、共に盃を交わそうと言う意思の表れだ。
「へへっ、お前が大人になるのを待ってたら、酒が全部蒸発しちまうぜ」
アノスはカノアの言葉の意味を理解すると、気恥ずかしそうに笑う。
「んじゃ、勝負の内容はお前に決めさせてやるよ!」
「随分と余裕ですね」
「こっちに有利な勝負で勝っても酒がまずくなるだけだからな」
「せっかくですが、そちらに有利な勝負でいきましょう」
「随分と余裕じゃねぇか」
「それで勝ってこそ意味があると思いますので」
「面白れぇ」
二人は己の意地をぶつけ合いながら相手の心を探る。
既に戦いは始まっているのだと、二人は不敵な笑みを交わした。
そんな二人の様子を間近で見ていたエレナは「ほんと、男の人って」と笑うのだった。
「お店の中散らかさないでね?」
エレナのその言葉を合図に、戦いの火蓋が切られた。
「アノスさんは力に自信がありますか?」
「あたぼうよ」
そう言ってアノスは鍛えられた腕を見せる。カノアはそれを見て一度頷くと、更に言葉を続ける。
「では、先に俺がこの『紅い楽園』の中にあるものを一つ選んで、それを持ち上げます。その後、あなたが同じものを持ち上げる。これを交互に繰り返していき、俺が持ち上げられたものをあなたが持ち上げられなければ、その時点で貴方の負けです。どうですか?」
カノアの提案は、至極シンプルな勝負だった。
「分かりやすくて良いな。だが、よりにもよって、お前のその非力さで俺に力勝負を挑むとは良い度胸だ。今更怖気づいて白旗宣言のつもりか?」
アノスは嘲笑うように皮肉を返すが、カノアは涼しい顔でそれを受け流す。
「純粋な力勝負なので、魔法は無しで行きましょう」
「当然だ」
アノスの承諾を聞き、カノアは不敵な笑みを浮かべる。
「では、さっそく」
そう言ってカノアはアノスに近付いた。
「少し前かがみになって貰って良いですか?」
「何だ?」
カノアの意図が分からないアノスは、言われるがままに少し前かがみになる。
カノアはアノスの腕を自分の首に掛けて、両手で抱き付くような形でアノスの腰をしっかりと掴むと、そのまま力を込める。
「ぐっ!? ……良し。今、少し両足が浮きましたよね?」
カノアは非力ながらも、重心をしっかりと自身に乗せることでアノスを持ち上げることに成功した。
両足が浮いたことを確認すると、カノアはゆっくりとアノスを地面に下ろす。
「そういうことか。まずは自分を持ち上げさせて、俺の力がどの程度か調べようってんだな! 敵を知り、己を知れば何とやらだ!」
カノアの行動を理解したとアノスは腕まくりをすると、次は自分の番だとカノアを持ち上げようと近付く。
だがカノアはそれを予想していたと、悪ガキのような顔をアノスに向ける。
「何やってるんですか?」
「ん? お前が持ち上げたから次は俺の番だろ?」
「ええ、貴方の番ですが。俺が持ち上げたのは、アノスさん。あなたですよ?」
「だから次はお前の事を……。あー! てめぇ、ハメやがったな!?」
ようやくカノアの意図に気が付いた、とアノスは声を上げた。
自分自身を持ち上げるためには最終的に完全に宙に浮く必要が出てくる。そう言った意味で、人間というのはどう頑張っても自分で自分を持ち上げることは出来ないのだ。
そして万が一の可能性を持っていた魔法すら、カノアは事前にしっかりと潰しておいた。
「逆立ちとか、ジャンプして持ち上がった、とかは無しですからね? ちゃんと両手で自分を持って、両足が浮くように持ち上げてください」
当然、両足が浮いた時点で地面に落ちてしまうので、カノアの注文は不可能である。
カノアは最初から負けることのない必勝のギャンブルを仕掛けていたのだ。
「てめぇ何が純粋な力勝負だ! 騎士として恥ずかしくないのかよ!!」
「頭を使って戦え、と言うのが師匠の教えですので」
「ぐぬぬ!」
その後自分の足を両手で持ち上げようとして、アノスはすっ転んだのだった。
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