第12話『禁忌の魔法』
カノアはルビーとの会話を終えると一階の大広間へと降りて来た。
だがそこはいつもとは違い、大広間にあるほとんどの席が埋まり賑わっていた。
「どういうことだ……」
昨日までの閑散とした町並みでは考えられないほどの人の数。
カノアが呆然と立ち尽くしていると、ティアが声を掛けて来た。
「あ、カノア。おはよ。今日も朝から大賑わいだね」
「どうしてこんなに人が居るんだ……?」
「どうしてって、病気で倒れちゃったリアナさんの代わりに、いつもアイラがご飯作ってくれてるでしょ? それがすっごく美味しいって噂になって、それを聞いた町の人たちが自分たちも食べたいって集まっちゃって。アイラもアイリも最近は朝から大忙しじゃない」
ティアはまるでこの光景がいつも通りの事であると口を開いた。
だが、
カノアはまたしても起きた異変に、その原因とも思えることついて気付く。
(まさか医者夫婦が生き返ったことで、多くの命が救われた歴史に書き換わっているのか!?)
先ほどルビーの部屋で脳裏をよぎった魂の総量の話。
仮にそれが予想通りであるならば、多くの人が蘇った現状はリアナの魂を多く削っていることに他ならない。
(俺が幻影の中で誰かを助けるとこの町の歴史が変わる。そしてその分リアナさんは再び死に近付いてしまう。安易な行動でこれ以上改変するのは危険過ぎる……)
カノアがこの状況に危機感を覚えていると、その姿に気付いたアノスが声を掛けて来た。
「おう、カノア。ちょっと良いか?」
「……ええ、何ですか?」
「ここはうるさいからちょっと外に出て話すか」
カノアはアノスに連れられるように旧ギルドの外に出る。
外に出ると町にも以前よりも人の姿が増えていた。これだけ多くの人が居るのであれば、ここは旧ではなく現ギルドと呼ぶべき建物に変わっているのかもしれない。
カノアがそんなことを考えているとアノスが話を始めた。
「今日何か予定はあるか?」
「いえ、まだ起きたばかりなので何も」
本当であればまた古城に行き慰霊碑の謎について調べようと思っていたが、この余りにも変わってしまった町を見ると、また慰霊碑に近付くこと自体が危険なことなのかもしれない。
カノアは余計な返答をしないようにアノスと会話を続ける。
「んじゃ、今日はまたお前に稽古をつけてやるよ!」
「今日は復旧作業の方は良いんですか?」
「ああ、その話はさっき済ませているからな。それにあいつら、俺よりルイーザたちの方がよっぽど頼りになるとか言いやがる。女っ気のない連中だから、鼻の下伸ばしてやがるんだ」
鼻をフンっと鳴らしてアノスは愚痴を零した。
多くの人が蘇ったことにより、アノス自身が手を動かす必要性が無くなったということだろう。
「てことで、朝飯食ったら古城の稽古場に集合だ。俺は先に行ってるから早く来いよ」
アノスはそう言うと、片手を上げながらその場を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆
「よし、今日はここまでにするか!」
カノアは古城の稽古場で数時間ほど汗を流していた。
数回の稽古で劇的に動きが良くなったわけでは無いが、以前のようにただ
「はぁ、はぁ。ありがとうございました」
カノアは息を切らしながら、古城の壁に背中を預けて座わった。
そしてその横にアノスも座ると、カノアに水を渡して二人で休憩を取る。
「だいぶ考えて動くようになったな。余計な動きが減ったおかげで、体力の消費も以前より抑えられている。その調子でお前なりの戦い方をもっと身に着けるんだ」
「はい、ありがとうございます」
(町にも異変が続いていて、敵がいつ襲って来るか分からない状況だ。少しでも強くならないと——)
カノアがまた難しそうな顔をし始めたので、アノスはフッと笑って気を紛らわせるように話題を振る。
「そういや、お前と最初に『紅い楽園』で会った時、古代のソフィアの話をしたな?」
「そう言えばあの話ちゃんと聞けていなかったですね」
「休憩がてら、その話の続きをしてやるよ」
アノスは持っていた水を一口飲むと、思い出を語るように言葉を紡ぎ始めた。
「この国に伝わっていた古代のソフィア。それはたった一つの魔法しか使えなかった。だがその魔法はあまりにも強大で、禁忌の魔法とさえ呼ばれていたんだ」
「禁忌の魔法、ですか?」
「それは所有者の望みを叶えると言うもの。そして望み叶えるためなら、事象すら捻じ曲げることも可能だったと言われているんだ。あまりにも強大な魔法であったが故に、それは『傲慢のソフィア』とも名付けられた」
「事象を捻じ曲げる……?」
アノスのその言葉に、カノアの胸が脈を打つ。
(まさか、あの慰霊碑が『傲慢のソフィア』そのものなのか!?)
この町に起きている異変とアノスの話を照らし合わせると、確かに合点が行く。
だが、あの慰霊碑はカノアの所有物ではない。それにいつからあの場所に鎮座しているのかも分からない。
仮に慰霊碑が傲慢のソフィアであるならば、何を条件に事象改変の魔法を発動させているのか。
カノアは、答えに辿り着くためにはまだピースが足りないことを理解する。
「ま、結局そのソフィアの存在自体は王室が隠していたから、この話も作り話の可能性があるがな!」
アノスは自分で話しておきながら、作り話の可能性を示唆して笑った。
「世の中何でもかんでも望み通りに行ったら苦労はしないってな。都合良く世界を変えちまうようなソフィアは存在しないし、情報が欲しけりゃ対価が必要になる。何が言いたいか分かるか?」
アノスがそう言ってニヤッと笑ったのを見て、カノアはその胸中を察する。
「はぁ……。リアナさんのこともありますし、付き合うのは一杯だけですよ?」
「お、話が分かるようになってきたじゃないか♪」
アノスは上機嫌にそう言うと、カノアと共に『紅い楽園』へと向かうのだった。
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