第11話『魂のトレードオフ』

 カノアたちは食事を終えると、片付けをしながらこの後の予定についての会話を始める。


「カノア、私は今日もドロシーさんの所に行ってくるね」


「ああ、分かった」


「そいえばさっき、もう少しこの町に残りたいって話だったけど、カノアも何かやることが出来たの?」


「そんなところだ」


 カノアはティアからの質問に素っ気なく答える。

 リアナに続き今度はアノスの友人であるルーカスまでもが蘇ったのだから、カノアの心がここに無いことにも理解が置けるだろう。


(ティアたちはこの町の異変に気が付いていない。相談するにしてももう少し情報を集めないと——)


「けほっ」


 カノアの思考をリアナの咳が遮った。


「ママ、大丈夫?」


「大丈夫よ。少し喉の調子が悪いだけだから」


 リアナのことを心配そうにするルビーを横目に、カノアは食事の前にもリアナが咳をしていたことを思い出す。

 不安そうな表情を見せるルビーを安心させるようと、リアナは繕った笑顔を見せる。その様子をカノアが黙って窺っていると、アノスがリアナに声を掛けた。


「リアナ。俺も早く戻るようにするから、今日は部屋でゆっくり休んで居てくれ」


 アノスの心配に嘘偽りは無い。だが、ルビーはリアナの体調を心配するあまり、アノスに対して半ば八つ当たりのような怒りをぶつける。


「パパ、今日も出掛けなきゃダメなの!? ママこんなに体悪そうなのに!!」


「良いのよ、ルビー。私は大丈夫だから」


「でも!!」


 怒りと不安が入り混じったような表情を見せるルビー。だが、その感情を向ける先が分からず、ルビーは言葉を発することなく大広間を出て行ってしまう。

 扉がバタン、と音と立てて閉じられたところで、アノスが気まずそうな顔をカノアたちに向けた。


「この町に医者は居ないのか?」


 アノスを気遣うようにアイラが最初に声を掛ける。


「元々ニコラスとレニアって医者夫婦が居たんだが、そいつらも大魔戦渦マギアシュトロームで、な」


「そうなのか……」


「あいつらが居ればリアナの事を診て貰えたろうが、それは無理な願いなんだ」


 アノスの返答が期待していたものと違ったことに、アイラは沈痛な面持ちで声を漏らす。

 だが何とかその場の空気を変えようと、アイラは取り繕ったように無理矢理笑顔を浮かべて、アノスを励ました。


「身の回りのことで出来ることがあったら、あたしとアイリに遠慮なく言ってくれ!」


 アイラに同調するように、アイリもアノスを見て頷いた。


「すまんな、二人とも。助かるよ」


「世話になってんだからこれくらい良いって!」


 空元気であることは明白だったが、アイラのその気遣いに、アノスは少し安心した表情を見せる。


「じゃあ、行ってくるよ。早く帰るようにする」


「ええ、気を付けて」


 アノスはリアナにそう告げると、ルーカスと共に外に出る。

 そして、その背中を追うようにしてカノアも外に出てアノスに声を掛けた。


「アノスさん」


「ん?」


「例の稽古場、今日も使わせてもらっても良いですか?」


「構わんが、お前も暗くなる前には戻って来いよ?」


 アノスはそう言うと、ルーカスと共に町の方に去っていく。

 その背中を見送りながら、カノアは自分のやるべきことが何かを改めて胸に刻むのだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 カノアが稽古、と言ったのはあくまでも建前であった。

 カノアは一人で古城の大聖堂に赴くと、例の大魔戦渦マギアシュトロームの幻影の謎を解くために慰霊碑の前に立つ。


「ニコラスさんとレニアさんか」


 カノアはそう呟きながら、前回のような祈りを捧げる。


(どうかまたあの幻影を——)


 そしてカノアが祈りを捧げてから数秒後、その祈りに応えるように、再びカノアは幻影の世界へと吸い込まれていった。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 その町では多くの悲鳴が飛び交っていた。

 カノアが目を覚まして辺りを見回すと、そこには前回同様の地獄が視界に入って来る。


「入れたのか……」


 少しぼやける意識をハッキリとさせつつカノアは立ち上がる。

 だが多くの町人を襲う魔物は、カノアの方を見向きもせず殺戮を繰り返す。


「あまりにもむごい……。だが、俺には確かめないといけないことがある。すまない——」


 視界に入って来る人々を全て助けることが出来たら、とカノアは苦しむ気持ちを押さえながら辺りを見回す。

 そして、カノアは自身の予想に間違いがなかったことを、魔物から逃げる二人の男女の姿で確信した。


「頑張って走れ、レニア! 診療所まで辿り着ければ助かる!!」


「はぁっ! はぁっ! 待って、息が、苦しい!!」


 傷を負いながらも、懸命に魔物から逃げる二人の男女。その片方の男は連れの女性を確かに「レニア」と呼んだ。


「やはりそうだ。前回ルーカスさんのことを祈ったら、ルーカスさんが襲われた場面の幻影を見た。そして今回も!」


 カノアは一目散に二人の元へと走り出し、その背中を追いかける魔物に渾身の魔法を放った。

 そして前回同様魔物は消滅し、ニコラスとレニアは一命を取り留めることになった。


「……はぁ、はぁ。一体、何が起きたんだ?」


 自分たちの身に何が起きたのか分からずニコラスは辺りを見回す。


「い、今のうちに逃げましょう! 魔物が追ってくる前に!!」

 

 レニアの声にハッとすると、ニコラスはレニアの手を取って町の何処かへと駆けていく。

 カノアはその背中を見つめながら、複雑な胸中を言葉にする。


「もしこれで明日二人が生き返るようなことがあれば——」


 そして幻影は役目を終えたとばかりに、その世界を歪ませていく。

 カノアはゆっくりと目を閉じ、意識が流されていくような感覚に包まれたのだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 翌朝カノアは部屋をノックする音で目を覚ました。

 ベッドから降りて扉を開けると、そこにはルビーが立っていた。


「おはよ。ママ、だいぶ調子が悪いみたいなの」


 ルビーのその言葉を聞くと、カノアはルビーと一緒に三階へと上がっていく。

 案内されるようにリアナの部屋に向かうと、扉が半開きになっているのが見えた。


「ふむ……、原因が分からないな。ともかく、今は安静にしておくんだ」


「けほっ、けほっ。……ええ、ありがとう、


 カノアが扉から中を覗くと、やはり幻影の中でその姿を見たニコラスとレニアがそこに居た。

 リアナは昨日よりも元気がなく、明らかに体調が悪化していることが一目で分かる程に顔色が悪い。


(やはりこうなったか。この町で起きている事象を解き明かすには、間違いなくあの幻影の謎を解く必要がある。次はあの慰霊碑自体をもっと良く調べてみないと——)


 カノアが難しい顔で状況の考察をしていると、ルビーが何も言わずにその手を引いて再び二階へと連れ戻す。

 ルビーはカノアの手を引いたまま自分の部屋へ連れて行くと、扉を閉めて話を始める。


「ねぇ、カノア。さっきのニコラスって人。もう死んじゃったはずのこの町のお医者さんなの……」


「そう、だな」


 カノアの反応を見て、ルビーは自身の考えていることに間違いが無かったとカノアを問い詰める。


「……やっぱり、そうなんだ! カノア、さっき何で驚かなかったの!? 死んじゃった人がまた生き返ってるんだよ!?」


 リアナやルーカスの時と違い、今回カノアはある程度この状況を予測していた。

 しかし、カノア同様にこの異常とも言える状況を把握しているルビーは、カノアの反応がおかしいことを指摘した。


「すまなかった。もう少しちゃんと調べてから教えるつもりだったんだが——いや、これはただの言い訳だな」


 ただでさえ異常なことが起きている上に、唯一の理解者とも言えるカノアに隠し事をされたら当然ルビーは不安になる。

 カノアは不安にさせてしまったことを謝罪した。


「ルーカスさんも、ニコラスさんたちも、どうして生き返ってるの? カノアは何を知ってるの?」


 ルビーは不安を振り払うように、カノアを質問攻めにする。だが、カノア自身もまだ深く状況を理解出来ていないため、知り得る限りのことをルビーに話す。


「俺もまだ全てが分かったわけじゃない。だが、古城にある慰霊碑の前で祈りを奉げると、この町が襲われた過去の幻影を見ることが出来るんだ。そして、そこで助けた人が翌日何故か生き返っている」


「そんなこと……」


 にわかに信じがたい話ではあるが、実際に目の前でその事象が起きてしまっている以上、否定する事も出来ない。


「けど、ニコラスさんたちが生き返ったなら、ママはもう大丈夫だよね? 今朝からずっと咳してるから心配で……」


「リアナさん昨日も咳をしていたが、昨日より悪くなっているのか?」


「うん……」


(それも何か原因があるのだろうか……。生き返るだけではなく、生き返った人にまで影響があることと言えば——)


「誰かが生き返ると、誰かに影響する……?」


 ふとカノアが漏らしたその言葉に、ルビーは難色を示す。


「ねぇ、それって生き返る人が増えると、ママの体が悪くなってるって事……?」


 ルビーの問い掛けに、カノアの脳裏をある可能性がよぎった。


(いや、まさか——)


 誰かが生き返れば、誰かの命が削られる。

 もしエネルギーの総量が決まっているように、魂の総量が決まっていたとしたら。

 リアナの体調を元に戻す方法は、余りにもむごい行いによってのみ果たされてしまうと、カノアは自身の思考を否定するのだった。

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