第10話『忍び寄る運命』

「ん……」


 カノアが目を覚ますと、全身を軽い倦怠感が包んでいた。


「昨日に比べると、少しは良くなったか」


 カノアは体を起こすと、未だ軽い筋肉痛の残る太ももをマッサージしながら欠伸あくびをする。

 軽いストレッチを行ってから部屋の扉を開けると、階下から騒がしい声が聞こえて来た。


「この声はアノスさんたちか? 何やら朝から随分と楽しそうな——」


 楽しそうな騒ぎ声に誘われるように階段を下り、カノアは大広間へと足を向ける。

 扉を開けるとティアたちの姿は無く、大広間にはアノスと数人の町の男たちが朝食を食べながら元気に盛り上がっていた。


「おはようございます」


 カノアはアノスの元へ行き、朝の挨拶を済ませる。


「おお、カノアか! お前ももう朝めし食っちまうか?」


「いえ、俺はティアたちが来てからにします。今日は早いんですね?」


「おうよ! 今日は大峡谷のキュアノス王国側を治めてる辺境伯との話があってな。その立ち合いのためにわざわざルイーザを帝都から呼んでいるから、遅れでもしたら大目玉喰らっちまう!」


 アノスの言う辺境伯とやらはイヴレーア辺境伯のことだろう。

 勝手に橋の修繕を進めれば他国への侵略行為とも取られるので、帝国立会いの下、話が進められるとのことだ。

 カノアがそんなことを考えていると、アノスと一緒に朝食を取っていた男がカノアに声を掛けてきた。


「坊主、どっかで会ったことあるか?」


 カノアはその男の顔を見た途端に心臓が強く締め付けられる。


「こいつは数日前にウチに来たばっかだぜ? この町から出たことも無いようなお前が会ったことあるわけねーだろ! あっはっはっ」


 アノスはそう言って笑い飛ばし、声を掛けて来た男も「俺、寝惚ねぼけてんのかな?」と同じく自虐を飛ばし笑い合う。

 だがカノアだけは、どうしても笑うことが出来なかった。


「あの……、アノスさん。そちらの方は……?」


 カノアは出来れば自分の思い違いであって欲しいと願いながら、アノスにそう問いかける。


「ん? こいつはってんだ。よくエレナの店で一緒に呑んでる、俺の友達ダチさ!」


 カノアはその男のがあるのを再度確認し、昨日見た幻影が今の状況と無関係では無いことを悟ったのだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 長い時間が過ぎたように思えたその日の朝は、実際にはあれから十分程しか経っていない。

 カノアは亡くなったはずのルーカスの姿を視界に捕らえつつ、アノスたちの一つ隣のテーブルに座ってティアたちの起床を待っていた。


(昨日、慰霊碑の祭壇で見たあれは幻なんかじゃなかったのか? 確かにあの場で俺は、ルーカスさんが襲われる場面に出くわした。あれは一体——)


 カノアが一人で思考の世界に浸っていると、ティアとルビーが一緒に大広間にやって来た。


「あ、おはよ。カノア」


「ああ、おはよう」


「どうしたの? 何か元気ないみたいだけど」


 ティアがカノアを心配しながら隣の席に座る。


「いや、何でもない」


 カノアは平静を装ってそう答えたが、心中は決して穏やかでは無い。


「そうだ、ティア」


「ん?」


「もう少しこの町に滞在したいんだが、大丈夫だろうか?」


「あ! 私もそのことを言おうと思ってたの。ドロシーさんの所でちょっと用事が出来ちゃったから、もう少しだけ居るつもり。エルネストたちもまだ帝国までは到着してないと思うから、もう何日かなら大丈夫のはずだよ!」


「そうか、ありがとう」


 それだけ言うとカノアはまた黙ってしまい、何か思い詰めるような表情をするカノアをティアとルビーが顔を見合わせて心配そうにする。

 カノアたちのテーブルが重い空気に包まれていると、アイラとアイリが遅れて大広間に合流した。


「あ、おはよ」


「ああ、おはよ」


「おはよ」


 ティアが声を掛けると、アイラとアイリも挨拶をして同じテーブルに着席した。


「今日は少し遅めだね? お疲れ?」


「いや、ちょっと、な」


 ティアが少しでも場の空気を良くしようとアイラに話題を振るが、何故かアイラも普段の雰囲気と違ってよそよそしい。

 だがそれは、決して重たい空気などでは無く、アイラの仕草からティアはある変化に気が付いた。


「あ! アイラ、髪の毛!」


「お、おう」


 アイラはそう言いながら、毛先をいじってちょっと頬を赤らめる。


「何かお手入れしたの? 今日はまとまってて凄く綺麗!」


 普段はあまり手入れされておらずボサボサの毛を自由に遊ばせているアイラだが、今日は長く流した髪の毛が煌めいて見える。


「アイリにくしでといてもらったんだ」


「そうなんだ! アイリ、お手入れ上手だね!」


 ティアのその言葉に、普段は無表情なアイリの顔が少し誇らしさを見せている気がした。

 そして当の本人であるアイラはというと、ずっと毛先をいじりながらチラチラとカノアを横目で見ている。

 だがカノアはカノアで考えなければいけないことがあると、ずっと黙ったままだ。

 そんな事情を知らないアイラは、少し拗ねるようにしてカノアと対角の席を選んで座った。


「みんなお揃いね。今日は新鮮な野菜を分けてもらったからサラダもあるわよ。持ってくるから待っててね♪」


 空気を察したようにリアナが全員分の朝ご飯を運んできてくれると、リアナの声掛けでカノアはハッとして、意識を取り戻した。

 そして自分と対角に座っているアイラが自分を睨んでいるのに気が付いて、声を掛ける。


「すまない、ちょっと考え事をしていた。何か話があったか?」


「……別に、何でもねーよ」


 そう言ってアイラはプイっとそっぽを向いてしまった。

 今回ばかりはアイリだけではなく、全員から呆れの眼差しを向けられることになったのだが、やはりカノアの頭の中は生き返ったルーカスのことが最優先だった。


「さ、これで全部よ♪」


 リアナが全ての食事を運んできてくれたところで、ルビーが先陣を切って食事の挨拶を言おうとする、が——。


「いただ——」


「けほっ」


 少し大きめの咳だったこともあり、それは丁度ルビーの声を遮る形となって大広間に居る全員が耳にした。


「あら、ごめんなさい」


 全員が聞き耳を立てるように一瞬言葉を潜めると、沈黙を破るようにしてアノスが最初に声を出した。


「どうしたリアナ?」


「ちょっと喉の調子が……。風邪かしら?」


 亡くなったはずの人間が蘇る町、エリュトリア。

 それがアポカリプス機関と名乗った敵が仕掛けている事象なのか、はたまた更に大きな陰謀が渦巻いているのか。

 事態が急変するのは、間も無くの事であった。

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