第3話『崩れた古城と刻まれた名前』

 エリュトリアの町を出て数十分ほど歩くとその古城に辿り着いた。

 道中や城壁内の道は簡易舗装されており、運動が苦手なカノアでも休憩を挟む必要は無い道のりだった。

 城壁の中に入り少し坂を上ると、半分ほど朽ちてしまっている扉があった。


「んじゃ、ちと失礼すっか」


 アノスは扉の前に立つと軽く頭を下げてから中に入る。

 ほとんど酔っぱらった姿しか見ていなかったカノアは、その洗練された姿勢に改めてアノスが騎士であることを実感した。

 アノスに続いて古城の中に入ると、壮観な大広間がカノアを迎え入れた。

 見上げた天井は高く、彫刻や天井画が施されている。


「こっちだ」


 カノアが大広間を見渡していると、アノスが声を掛けて来た。

 アノスはいつの間にか壁の方まで歩いており、隣の部屋へと続く大きな扉の前で立ち止まっていた。

 カノアがサッと歩いて近付くと、アノスは扉を開けて隣の部屋に移動する。

 アノスに続くようにカノアが扉を潜ると、そちらもまた圧巻の装飾が施された大きな部屋がカノアを迎え入れた。


「ここは……」


 白い壁には大きなステンドグラス。外から差し込む光が部屋中を照らしていた。


「ここはかつて大聖堂として使われていた部屋だ。今は別の用途で使わせてもらっているがな」


 アノスはそう言いながら部屋の中を進み、奥に設置されていた祭壇へと足を延ばす。

 祭壇には縦に長い大きな石碑が鎮座しているのが見え、カノアは近づいていくに連れて、その石碑に何か文字のようなものが羅列されているのが分かった。


「これは?」


 カノアはアノスと共に石碑の前に立つと、疑問を投げ掛ける。


「慰霊碑だ。大魔戦渦マギアシュトロームで死んでいったこの町の人たちの名前が彫ってある。そして、大魔戦渦マギアシュトローム以降にこの町で死んだ人間の名前もな」


 カノアはその文字が読めずとも、そこに刻まれた文字の多さから大魔戦渦マギアシュトロームが引き起こした凄惨な過去が想起され、胸を締め付けられた。


「リアナやエレナから聞いたり、クサントス帝国に移り住んだ人達に聞いたりして分かった名前は掘れたんだが、それでも全員分は揃えることが出来なかった」


 アノスはそう言って慰霊碑の名前を目でなぞる。

 祭壇の側に彫刻用の工具が置かれているのを見つけ、カノアは問い掛けた。


「これはアノスさんが?」


「せめてもの弔いってやつだ」


 カノアの質問に答えると、アノスは両手を合わせた。

 カノアもアノスを真似するように両手を合わせて目を瞑る。


「こいつらの為にも、俺はこの町を早く復興してやらなくちゃならねぇんだ」


(元はリアナさんを看取るためにこの国に移り住んだはずだが、リアナさんが生きている今、そこの事実関係にも変化が生まれているのだろうか?)


 しかしカリオスの時のように、敵が何処に潜んで居るとも分からない以上、迂闊な質問は出来ない。そして、それ以上にルビーと交わした約束を破るわけにはいかない。

 ひとまずカノアは、この異変の正体が見えて来るまでは大人しく情報収集に徹することを優先させる。


(そもそも、この状況が敵が作り出したものだとも言い切れないしな)


 カノアがそんなことを考えていると、アノスが慰霊碑を指差しながら疑問を口にする。


「んー、……いや。一、二、三……。やっぱり、おかしいな」


「どうしたんですか?」


 何やら不服そうな言葉を口にしたアノスにカノアが問い掛けた。


「一人足りない気がするんだ。数え間違えてる、なんてことは無いはずなんだが……」


 先ほど、大魔戦渦マギアシュトローム以降に亡くなった人の名前も彫ってあるとアノスは言った。

 それ故に、カノアはその違和感にすぐに気付いてしまった。

 もしその言葉の通りならば、恐らく慰霊碑から消えてしまった名の持ち主が、大魔戦渦マギアシュトローム後にこの町で亡くなったリアナであることを。


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作者より読者様へ


少しだけ設定についてのお話です。

岩山の上にお城? と、なかなか想像しにくいかと思いますので、モデルとなったお城をご紹介します。

エリュトロン城はオーストリアに実在している、岩山に建つリーガースブルク城をモデルとしています。

※詳細な外観や内観については、物語に合わせて変えていますが。


実際にお城がある付近は緑豊かな場所ですが、本作品では荒野にあるとしています。

また、今まで触れてこなかったですが、本作品に登場する町や城などは実在の町や建物を参考にしていることが多いです。

例えば、第一章のキュアノス王国の王都タラサはイタリアのヴォルテッラをモデルにしており、こちらは某少年漫画の実写映画のロケ地だったりもします。


他にもまだまだご紹介したいものがありますが、それはまたのお楽しみということで。

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