第2話『騎士とお姫様』
「俺も昨日、確かにリアナさんは亡くなったと聞いた」
「カノア!」
「やはり、そうなんだな」
「……うん」
朝目が覚めてからずっと孤独を感じていたのだろう。
ルビーは、
「どうして、ママが……」
「それはまだ分からない。だが、必ず何か原因があるはずだ。突然の事で俺も動揺しているが、今この町で何が起きているのか俺がそれを突き止める」
カノアはルビーを安心させようとするが、やはりこの状況をいきなり突き付けられて耐えるということは、大人であっても難しい。
少しでも不安を和らげようと、カノアは自身の右手をグーに握って小指だけを立てる。そして、その指をそっとルビーの前に差し出した。
「何、それ?」
初めて見る手の形に、ルビーは疑問を浮かべる。
「俺の国に伝わるおまじないだ」
「おまじない?」
「魔法みたいなものだ。お互いの小指を結んで約束をするんだ」
「カノア、魔法が使えるの?」
「ああ、そうだな。ルビーは使えないのか?」
「……うん。私、ソフィアがうまく使えないの。いつか、すっごい魔法をママに見せてあげるって約束してたのに、守れなかった」
そう言って、ルビーは泣きそうな顔で笑顔を無理矢理作ろうとする。
「無理して笑わなくていい。ルビーの気持ちは、きっとリアナさんにも届いているさ」
優しくなだめるようなカノアの口調に、ルビーは袖で涙を拭いて鼻をすする。
「うん。やっぱりカノアって優しいのね」
「原因が分かるまで、この事は二人だけの秘密に出来るか?」
「出来るわ」
表情から今でも不安を抱えていること明白だが、それでもルビーは気丈に振舞い、カノアの小指と自分の小指を結ぶ。
「よし、良い子だ」
——そして、カノアたちは互いの約束を共有し、指を切った。
「カノア、ありがとう」
少し心が落ち着いて来たのか、ルビーは涙で真っ赤に腫らした目で子供らしい笑顔を見せた。
「お姫様を守るのは、騎士の役目だからな」
ルビーの笑顔に応えるように、そう言ってカノアは不器用な笑顔を浮かべる。
「っ!!」
その言葉を聞いたルビーは、込み上げてくる感情をカノアに見られまいと、何も言わず再びカノアに顔を押し当ててくる。
ルビーの体が震えているのを感じ取ったカノアは、ルビーの頭を優しく撫でた。
◆◇◆◇◆◇◆
カノアは泣き疲れたルビーを休ませると、部屋の扉を静かに閉めて一人で下の階へと降りる。
二人だけの約束。他の誰かにリアナの異変に気付いていることを知られるわけにはいかないので、カノアは平静を装って一階の大広間の扉を開けた。
——パリーンッ!!
扉を開けたのも束の間。奥のキッチンの方から皿が割れる音が聞こえて来た。
何も聞かなかったことにして大広間の扉をそっと閉じようと思ったが、罪悪感に
カノアがキッチンを覗くと、大方の予想通りアイラの足元で皿が割れていた。
「あらあら」
「うげ、ごめんなさい……」
「良いのよ。怪我はしなかった?」
アイラが皿を拾おうとするが、リアナがそれを制止する。
リアナは近くに立て掛けてあった箒とちりとりを手に持つと、床に散らばった皿の破片を集め始めた。
「アイラ……」
いたたまれなくなったカノアが、片手で頭を押さえながらアイラの名を呼んだ。
「げ、カノア」
アイラは自身の名前を呼ばれてギクッとしたかと思うと、ゆっくりと嫌そうな顔で振り向いた。
「お前ってやつは……」
「べ、別にわざとやったわけじゃ——」
アイラはしどろもどろと言った様子で、焦っている様子を体全体で表現している。
横をチラッと見たら、アイリが「自分が付いていながら、かたじけない」とでも言いたそうに、武士のような渋い顔をしていた。
「ルビーは自分の部屋かしら?」
リアナが助け船を出すように話題を変える。
「ええ、少し体調が悪いみたいで休んでいます」
「あらあら。あの子ったら元気が取り得なのに。けど、そんなことまでカノア君に伝えるなんて、よっぽどお気に入りなのね。うふふ」
娘がカノアを呼び出した理由が、体調が悪いことをこっそり伝えるためだと思ったらしく、リアナは嬉しそうに笑った。
「皿の片付け、手伝います」
そう言ってカノアが手伝おうとすると、リアナから別の依頼を受ける。
「ここは私がやっておくから大丈夫よ。カノア君は夫の所に行ってくれるかしら?」
「アノスさんの?」
「ええ、さっき一度戻って来たのだけど、カノア君が降りてきたらそう伝えて欲しいって」
「分かりました。何処に行けばいいんですか?」
「町の北側の入り口のところで待っているって言っていたわ」
リアナからアノスの伝言を受け取ったカノアは、アイリに「次こそは頼んだ」と目配せをして、その場を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆
カノアはリアナから聞いた待ち合わせ場所へと到着する。すると、その姿に気付いたアノスが声を掛けてきた。
「おう、来たか」
「何か手伝いですか?」
「んー。まぁそんなところだ」
そう言うとアノスは、町はずれの岩山に
「あそこに半分崩れた城があるだろ? ちょいとそこまで付き合ってくれ」
その古城は、かつてこの辺り一帯を治めていたエリュトロン王室の城だとアノスは言った。
この国を復興すると言うことは、その古城の再建も行う必要がある。
カノアとアノスは、エリュトロン王国の歴史について雑談を挟みながら、古城へと向かうのだった。
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