前編
第1話『その嘆きは静かな部屋で』
カノアはまだ、その場から動けずにいた。
大広間の扉を開けた先に広がっていた異質な光景。既に亡くなったと聞いていたリアナの姿。そして、それを当たり前のように受け入れているティアたちの姿。
カノアはまだ、夢でも見ているのではないかと自分の目を疑っていた。
「カノア、座らないの?」
ティアの一言で我に返る。
「ああ……。そう、だな」
カノアは誘われるように、ティアの隣の席に座った。
(ティアたちはこの光景に違和感を覚えていないのか? アイラも——)
カノアが横目でチラリとアイラを見ると、リアナと談笑しているのが視界に入る。
まるでそれは、以前から知り合いだったかのような接し方だ。
「なぁ、ティア」
「ん? どしたの?」
「リアナさん、で良いんだよな?」
「そうだけど、本当にどうしたのカノア? 具合悪いの?」
「いや、そうではないんだが」
やはり、何かがおかしい。キュアノス王国で起きたループの件がある以上、常識が当てはまらない可能性は大いにあり得る。
(——まさか!)
カノアは脳裏をよぎる嫌な予感に、心臓を捕まれたような感覚になった。
「なぁ、ティア。昨日のことは覚えているか?」
「どうしたの?」
「何でも良いんだ。昨日あったことを教えてくれないか?」
「ドロシーさんの所に行って、私はその後お片付けしてて——」
ティアには昨日の記憶があった。だとすれば、またキュアノス王国の時のようにループしているわけでは無い。
リアナのことを聞こうにも、本人が居る前で「あなた死んだはずでは?」と聞くのはあまりにも非常識極まりない。
(だが、昨日の話では確かに亡くなったと聞いた。もし、カリオスのように味方の振りをして近付いてきた敵なら、他のみんなの反応がおかしい)
これではまるで、昨日からリアナが一緒に居たと言えるような状況に感じられる。
カノアがこの状況を推察していると、入り口の扉が開いた。
「アノス殿! 西の大峡谷のことで話がしたいのですが!」
入り口から入って来たのはルイーザだった。
ルイーザはこの状況にどういう反応を示すのか、カノアは息を呑んでその様子を見守る。
「ん? おお、ルイーザか。お前も朝飯食っていくか?」
ルイーザの声に反応したのはアノスだった。
奥のキッチンから顔を覗かせ、ルイーザを朝食に誘う。
「これは申し訳ありません。朝食の時間でしたか」
ルイーザがバツの悪そうな顔をしていると、リアナがルイーザに話し掛ける。
「沢山作ってくれているみたいだから、良かったらルイーザも食べて行って?」
「良いのですか?」
「今日はあの人が作っているから、濃い味付けが出て来ると思うけど。ふふっ」
「いえ! それでは私も同席させていただきます!」
ルイーザも他のみんなと同様に、リアナの存在に対して懐疑的なところは見受けられない。
カノアはこの異変に対して少し様子を見た方が良いと、心の中で思うのだった。
◆◇◆◇◆◇◆
「さて、飯も食ったし。ルイーザ! 西の大峡谷の話だったな」
朝食の時間が終わり、アノスが席を立つ。
「町の連中も集めて話するぞ。早いところあれを何とかしないと、この町に商人が来てくれないままだ」
「はい! お供します!」
ルイーザはアノスの声に反応し、姿勢よく起立をする。
「リアナ。すまないが、後片付けは頼んで良いか?」
「ええ、いってらっしゃい。二人とも気を付けてね」
リアナの見送りの元、二人は一緒に町へと出て行った。
残されたカノアたちの中で、アイラが最初に口を開く。
「あたしらはどうする?」
「私はドロシーさんのところのお片付けがもう少し残ってるから、今日もお手伝いに行ってくるね」
「よし、んじゃあたしも!」
アイラの言葉に、ティアとカノアとアイリは示し合わせた様に、黙ってアイラに視線を注ぐ。
「じょ、冗談だよ! ったく、そんな目で見なくても良いじゃねぇか」
三人の視線がいたたまれなくなったのか、何かを言われる前にアイラは自ら提案を取り下げた。
「じゃあアイラちゃんは私と一緒に朝ご飯のお片付けしてくれる?」
アノスたちを見送ったリアナがテーブルまで戻って来たところで、アイラに声を掛けた。
「任せてくれ!」
アイラの気前の良い返事に、アイリが即座に反応する。
「私も手伝う」
「あらあら、アイリちゃんありがと。そしたらアイリちゃんはアイラちゃんのお手伝いをしてあげて?」
「うん」
ひとまずアイリが付いていれば、まだ何とかなるだろうとカノアは一安心する。
ホッとしていると、ティアがカノアに問いかける。
「カノアはどうするの?」
「俺は……」
カノアはティアの言葉で、静観していた今の状況について方針を決めざるを得なくなる。
(どうする? リアナさんが敵ならアイラたちだけ残すのは危険だ。だが、周りの反応を見る限り敵だとは断定できない。それ以上に何故リアナさんがこの場に居るか、まずはそれを——)
メラトリス村の時のように内部に敵が潜んで居る可能性がある以上、無計画で行動を起こすのは危険である。
カノアはこの場に残るか、ティアに着いて行くか。様々なケースを想定して返事を検討していると、大広間に来てからずっと黙っていたルビーに声を掛けられる。
「カノア。暇ならちょっと付き合って欲しいんだけど……」
「あらあら、ルビーはカノア君のことが本当にお気に入りね」
ルビーの誘いに流されるように、ひとまずカノアの身の振り方が決まった。
「んじゃ、あたしらも食った分は働くか!」
それぞれの行動が決まったところで、アイラが元気に声を上げる。
当然のようにアイラがまた失敗をしでかすのは、これから一時間も経たない午前中の話となる。
◆◇◆◇◆◇◆
部屋に入るとルビーが扉をゆっくり閉めた。
大広間から奥の扉を開け、昨日泊まった部屋がある二階。その際奥に位置するルビーの部屋に二人は居た。
「話っていうのは何だ?」
なかなか口を開かないルビーを見て、カノアが先に口を開く。
「……カノア。ママのこと、どう思う?」
「——優しそうな人だ」
ルビーが何を聞きたいのか分からないカノアは差し支えの無いような返答をする。
だが、期待していたものとは違った返答に、ルビーが苛立ちを見せる。
「そうじゃなくて!」
ルビーはまだ十歳ほどの幼い少女だ。
うまく自分の考えていることを言語化できず、言葉を詰まらせながら次第に目に涙を浮かべた。
そして少し黙った後「カノア!」と言い抱き着いたかと思うと、泣きながら取り乱すように何度もカノアの名前を呼んだ。
「落ち着くんだ。ゆっくりでいい。何があったんだ?」
カノアは突然のことに動揺しつつも、ルビーを落ち着かせるためにしゃがんで目線を合わせる。
ルビーがまともに話せるようになるまで優しく声を掛けていると、ようやく泣き止んだルビーがゆっくりと話し始める。
「カノアは、おかしいと思わないの?」
「おかしい? 何のことだ?」
「だって——」
恐らくカノアも何処かのタイミングでうっすらと気付いていた。だが、敢えて自分の口からではなく、ルビーの口から、ルビーの言葉で、その事実を引き出す必要性を感じていた。
だからこそカノアはその言葉に、今の状況が夢や幻では無いことを改めて実感する。
「だって、ママはもう死んじゃったはずなのに!!」
異変を感じていたのはカノアだけでは無かった。
ルビーは悲しみをぶつけるように吐き出すようと、カノアの体に顔を押し付けて、下の階に声が届かないように再び泣き始めた。
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