第11話『受け継がれる温もり』


 この荒野の町エリュトリアを訪れたならば、必ず目に入ると言っても良い程大きな建物が二つ存在する。

 一つは街外れの岩山にそびえ立つ崩れた古城。かつてはエリュトロン王国の象徴として鎮座していたが、大魔戦渦マギアシュトロームと共に朽ち果てた姿となり今に至る。

 そしてもう一つは、今カノアたちの目の前に位置するこの町の冒険者ギルドに使われていた建物である。


「ただいま~」


 ルビーはその建物の正面扉を開けながら、帰宅の挨拶を口にした。


「ここがルビーの家なのか?」


「そうよ! 遠慮はいらないから入って頂戴!」


 カノアはルビーに続くように建物の中に入る。

 中に入ると吹き抜けの大広間に椅子とテーブルのセットがいくつか。だが、そのどのテーブルにも人は着席しておらず、壁際のカウンターテーブルに一人の男の姿があるだけだった。


「ルビーちゅあああん! おかえりー!!」


 その男はルビーの姿を確認すると、勢い良く飛んできた。


「ちょっとパパ! 人前で恥ずかしい真似しないでっていつも言ってるでしょ!! それにお酒臭い!!」


 ルビーは自身に抱き着いて来た男を拒絶するように引き剝がす。


「パパ? ……あ!」


 カノアはルビーに飛びついたその男の顔を見て、思わず声を漏らした。


「ん? おお! お前は昼間の坊主じゃないか。こんなところで何やってるんだ?」


「俺たちはルビーに連れられて。あなたこそ騎士団に追いかけられていたのでは?」


「なぁに。まだまだあいつらに遅れは取らないさ!」


 その男は腰に手を当てて誇らしげに笑った。だが、すっと真顔に戻ったかと思うとカノアにメンチを切るように顔を近付けてくる。


「——と、その話は置いといて、ウチの可愛い娘と一緒に帰って来るとはどういう了見だ?」


 男の異様な圧力にたじろぐカノアの様子を見て、ルビーが間に割って入る。


「カノアたち泊まるところ無いって言うから連れて来たのよ。もしかしてあなた達パパと知り合いだったの?」


「知り合いと言うか……。それよりもと言うことは、二人は親子だったのか?」


「そうよ?」


(そうすると、お姫様というのも、あながち嘘じゃなかったのか……)


 カノアはルビーの言っていた「お姫様」が子供のごっこ遊びではなく、ある意味本当であったことを理解した。


「パパ。カノアたち泊まるところが無いらしいから、泊めてあげても良いわよね?」


「ルビーちゃんのお願いなら仕方がないなぁ」


 男はデレデレしながら言葉を続ける。


「ま、どっちにしろ商人が来ない間は宿屋も暫く休むらしいしな。この町に居る間はここで寝泊まりして良いぜ」


 男は気前良くそう言うとカノアに片手を伸ばし、改めて自己紹介を口にする。


「俺はアノス。この町の復興の指揮を取っているもんだ」


 カノアはアノスの手を取り、握手をしながら言葉を返す。


「俺はカノアです。それから——」


 カノアが後ろに目配せすると、アイラがそれを見て答える。


「あたしがアイラ。こっちが妹のアイリだ。よろしくな!」


 アイラの自己紹介が終わると、タイミングを見計らったようにギルドの扉が開いた。


「こんばんはー」


 カノアたちが扉の方を向くと、そこにはティアが立っていた。


「丁度良かった。泊まる場所が見つかったから、これから迎えに行こうと思っていたんだ」


 カノアがそう言うと、ティアはカノアの傍に寄って来る。


「そうだったんだ! ドロシーさんから多分カノアたちは此処に居るからって教えて貰って来たんだけど、入れ違いにならなくて良かったね!」


 ティアが隣に来たところで、カノアは改めてアノスに紹介をする。


「こちらはティア、俺たちの仲間で——」

 

 ティアのことを紹介するカノアを見て、アノスは難しい表情を浮かべた。

 それに気付いたカノアはアノスに疑問を投げかける。


「あの、何か不都合が?」


「——ウチの娘が居て。金髪の嬢ちゃんと白髪の嬢ちゃん。それに次は銀髪の嬢ちゃんか——」


 気が付くとカノアは女性陣に挟まれるような構図になっていた。アノスはそれを一人ずつ順番に確認するように指を折っていく。

 人数の確認が終わると、アノスはカノアに無言で近付き首に腕を掛けた。


「よし、坊主。ちょっと男だけで話しようか?」


「またか……」


 カノアは数十分前にも似たような事があったことを思い出し、ため息をついたのだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 大広間にあった一番大きなテーブルをカノアたちは囲んでいた。

 ドロシーの家では落ち着いて会話出来なかったので、カノアはティアと今までの話を振り返る。


「そう言えばエルネストたちはどうしたんだ?」


「先にクサントス帝国の方に向かって貰ったの。あ、でも、ここに来る前にスノーラリアに手紙を預けてエルネストの所に送ったから安心して!」


「あいつそんな事も出来るのか」


 カノアがスノーラリアのことを旧知の友人のように語ったのを聞いて、アイラは半笑いで会話に参加する。


、じゃなくてフラッフィーだろ? ちゃんと名前で呼んでやれって」


「フラッフィー?」


「あのスノーラリアの名前だよ。カノアが付けてやったんだ」


「そうなの? カノア、あの子のことそんなに気に入ってたんだ!」


 カノアたちが談笑していると、大広間の奥からエプロン姿のルビーが料理を運んできた。


「さ、ご飯が出来たわよ!」


「すまない、泊めて貰うだけでなくご飯までご馳走になってしまって」


「良いのよ! おもてなしは任せなさい!」


 ご飯はルビーのお手製のようだった。

 昼間の傍若無人っぷりはさておき、この歳で家事に手慣れているのは、母が居なくなってしまったことも少なからず影響しているのだろう。


「んじゃ、飯も揃ったし食うか!」


 アノスが最後の大皿を運んで来たところで料理が全て揃った。

 皆が手を合わせ、食に感謝を込めたところでささやかな宴が始まった。

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