第10話『違和感の正体』

「まったく、今日は振り回されてばかりだったな」

 

 カノアはそう言いながら、目の前で楽しそうに歩いているアイラとルビーの姿を見ていた。

 だが、ふと横を見ると、自分を見ていたアイリの視線に気付く。


(そう言えば、あまり話せていなかったな——)


 元々物静かだとは思っていたが、目の前で騒いでいる二人のせいで余計にそう感じてしまう。


「アイリは——」


 カノアは良い機会だと思い声を掛けたのだが、アイリはプイッと顔を背けてアイラの傍に駆け寄って行ってしまった。


「どうしたアイリ?」


 駆け寄って来たアイリに気付き、アイラが声を掛ける。

 そしてアイラの問いに答えるように、アイリは何も言わずじっとカノアに視線を向けた。


「ほーん、あたしの妹をいじめるとは良い度胸じゃねぇか?」


「カノア、騎士はそんなことしちゃダメなのよ!」


 アイリの反応をどう捉えたのか、アイラとルビーが息を合わせて責め立ててくる。


「何か気に障るようなことでもしただろうか……」


 アイリの反応がどうにも腑に落ちなかったカノアは、少し肩を落としながら今日の事を振り返る。


「ドロシーさんのところでは普通だった気がするんだが——」


 朴念仁であるカノアがその答えに辿り着くのは非常に難しいことではあったが、それとは別に、カノアの中で何かが引っ掛かった。それはのような、そんなモヤモヤした複雑な疑念。


「……何か引っ掛かる。目が覚めて、それから——」


 だが、思案の世界から引っ張り出されるように、カノアの耳に野太い男たちの声が届いた。


「おうおう兄ちゃん。綺麗な嬢ちゃんたちに囲まれて、随分とご機嫌じゃねぇか?」


 カノアが振り返ると、体格の良い男が二人。

 風貌は決して良いとは言えず、少々威圧的な視線を向けてくる。


「何だ、あんたたち?」


「何だとは良い度胸じゃねぇか。兄ちゃんには、ちとツラ貸して貰わないとなぁ?」


 二人の男は威圧的な視線を向けたままカノアに一歩ずつにじり寄って来る。


「下がっていろ」


 カノアはアイラたちに距離を取るように伝える。

 アイラたちに振り回されていたのは仕方ないとして、病み上がりであるカノアは未だ本調子ではない。

 仮に本調子であったとしても、満足に魔法の使えないカノアが何処まで太刀打ちできるかは未知数なのだが。


「ほーう。やる気だってんなら相手になってやるぜ?」


「先に因縁をつけて来たのはそっちだろ」


「因縁だと? てめぇの方こそ、ウチのお嬢を連れ回して一体どういうつもりだ?」


「ウチのお嬢?」


「しらばっくれんじゃねぇ! 答えに寄っちゃ——」


 何となく話が噛み合って居ないことにカノアが気付き始めたところで、怒声が上がった。


「いい加減にしなさいよ!!」


 カノアが振り返るとそこには怒ったルビーの姿があった。

 そして目の前に居た男たちが、ばつが悪そうに返事をする。


「しかし、お嬢。こんな何処の馬の骨とも知れない坊主に——」


「勝手なこと言わないで! それにそのお嬢って呼び方もやめてっていつも言ってるでしょ!? わたしはお姫様なの!!」


「俺たちゃお嬢の事が心配なだけで——」


 何のことやらと、カノアが事の成り行きに身を任せていると、ルビーがカノアの腕に抱きついた。


「カノアを貴方たちみたいなガサツなのと一緒にしないで!!」


「お嬢……」


 二人の男は気まずそうな表情を浮かべている。

 流石にこれ以上黙っているわけにもいかず、カノアはルビーに確認を取った。


「ルビー。この人たちは知り合いなのか?」


「知らないわ!!」


 そう言って男たちに向かって、舌を出すルビー。


「知らないらしいが?」


 知らないわけが無いのは明白だが、カノアはルビーに便乗するように男たちを牽制する。


「ひでぇこと言わないでくださいよ、お嬢」


「俺たちが何したってんです?」


「いきなりあんな態度で来られたら誰でも嫌がるだろ。あんたたちは一体何なんだ?」


 カノアの問いに、渋々と言った様子で男たちは説明を始める。


「俺たちはカシラんとこで、この町の復興を手伝ってる者だ」


「そんで、町の安全も見て回ってる。言わば衛兵の真似事もやってんのさ」


「衛兵?」


 衛兵と言うには、その風貌はあまりにもふてぶてしい。

 その見てくれはどちらかと言うと衛兵とは正反対で、まるでの人間のような——。


「何か言いたそうな顔してんな? おん?」


「いや、何でも……」


 カノアの表情から何かを察したのか、衛兵と名乗る男たちは眉間にしわを寄せて見せつけてくる。


「分かったらさっさと帰りなさいよ!」


 顔を近付けて来た男たちを下がらせるように、ルビーは言葉と態度で威嚇した。


「しかし、辺りももう暗くなって来てますし、自分たちが家まで」


「わたしのことはカノアが送ってくれるから放っておいて!!」


 男たちは、このまま押し問答を続けていてもらちが明かないと、先ほどから会話の渦中に居るカノアに質問を投げかけた。


「兄ちゃん。随分とお嬢に気に入られてるみたいだが、どういうことだ?」


 男たちはカノアに聞いたわけだが、ヒートアップしていたルビーは抱きしめていたカノアの腕をギュッとして、カノアが答えるよりも先に口を開く。


「カノアはわたしの騎士なの! 何かあったら命がけで守ってくれるんだから!」


 ルビーの宣言に男たちは驚愕の余り言葉を無くして口をパクパクさせている。

 そして、アイラはいたずらの嗅覚が働いたとばかりに、はやし立てるようにヒューっと口笛をひと吹き。

 そして、悪戯な笑顔を浮かべながらカノアに近付いたかと思うと、


「えぇ~、カノアぁ。あたしとぉ、アイリのことをぉ、養ってくれるんじゃなかったのぉ?」


 と、わざとらしい上目遣いをしながら、甘えるような声でルビーとは反対の腕に絡みつく。


「ちょっとカノア! 浮気はダメなんだから!! ちゃんと一人に選びなさいよね!!」


 目を潤ませてルビーが頬っぺたを膨らませる。

 流石に黙っていられなかったのか、屈強な男たちはカノアに無言で詰め寄ると、左右に分かれてルビーとアイラの腕に手を掛けた。


「ちょいと失礼します」


 二人の男たちはそう言って二人の腕をカノアから外すと、二人と代わるようにしてそれぞれが肩を組むようにカノアの首に腕を回す。


「兄ちゃん、ちょっと男だけで話しようか?」


「はぁ……」


 ため息をついたカノアは、視界の端でアイリが軽蔑するような目をしていたことに気付いたのだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆


「だーはっはっ! そういうことなら早く教えろや兄ちゃん!」


 ルビーがカノアたちと居た事情を理解したヤク——衛兵の男たちは、笑い飛ばしながらカノアの背中をバシバシと叩く。


「しっかし、お嬢に気に入られるとは大したもんだ!」


 こういった類の男たちは、敵じゃないと分かった途端に急に距離を詰めてくることがある。

 先ほどまでの威圧的な態度は何処へやらと、お嬢と呼んだルビーをその場に残して去っていく。


「んじゃ、もう暗くなってきてるからさっさと宿に帰れよ!」


「あ……」


「あ……」


 男たちの去り際のその言葉に、カノアとアイラの声が重なった。


「どうしたのよ?」


 二人の言葉にルビーが疑問を投げかける。

 カノアとアイラは気まずそうに顔を見合わせると、ティアから宿探しを頼まれていたことをすっかり忘れていたと苦笑いを浮かべる。

 の正体に辿り着いたことを喜ぶべきか、カノアの心中が複雑なものであることは間違いなかった。


 ◆◇◆◇◆◇◆


「ふぅ、ひとまず足の踏み場は出来たかな」


 ティアはそう言いながら額の汗を袖で拭った。


「お前さんはまともで良かったよ」


 ティアの言葉に、若干いじけるようにドロシーは言葉を漏らす。

 ティアは苦笑いを浮かべると、取り繕うように話題を変えた。


「ところで、凄く沢山の本や道具があったけど、ドロシーさんはここで何の研究をしてるの?」


 ティアの質問にドロシーは軽く咳払いをしてから答える。


「君はソフィアについて何処まで知っている?」


「使える魔法とか、そのくらいなら。あと、使うにはその属性の魔素石が必要ってくらいは——」


「厳密にはそうじゃない」


「え?」


「ソフィアとは、叡智との対話を可能にしたものだ」


「叡智との対話?」


 聞き馴染みの無い話に、ティアは疑問を浮かべた。


「世界に広がるあらゆる自然、生きとし生けるモノたち。星の記憶。そんな森羅万象に語り掛け、意のままに操る。それを我々は叡智との対話と呼んでいる」


 自身の知らない知識を前に、ティアは黙ってドロシーの話に耳を傾ける。


「そして、その叡智の一部が結晶化したものが魔素石なんだ。ソフィアは我々の言語を魔法式に変換し、魔素石として凝縮された叡智に語り掛けるための魔導具。故に、ソフィアは装着した叡智しか操ることは出来ない」


 おおよその原理自体はティアの知っていた知識と似ていたが、叡智という言葉については初耳だった。


「だがここで一つの疑問、いや、と言った方が正しいか。研究を進める内にそんなものに行き当たったんだ」


「違和感?」


「叡智が結晶化した魔素石。それはこの星の森羅万象と魔素が結合することで結晶化しているとされているが、その魔素自体が人の手によってこの世界に生み出されたものだとしたらどう思う?」


「人の手で魔素を? そんなことってあり得るの……?」


「あり得るかどうか、か。魔物が人の手によって作り出された存在なら、その根源たる魔素すらも人の手によって生み出されていたとしても、何ら不思議ではない」


 ドロシーの話に多少の心当たりがあるティアは、鼓動が早くなる。


「この世界の不合理性。その違和感の正体を突き止めることこそが、私の研究なのさ」


 ドロシーは、静かな声でそう言った。

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