第6話『退路は絶たれた』
その男は不敵な笑みを浮かべていた。
この『紅い楽園』に出入口は一つしかなく、そこは今、雪崩れ込んできた兵士たちが封鎖している。
緊迫した空気が店内を包む中、男はその様子を楽しむように口を開いた。
「くっくっくっ。随分と焦っているみてぇじゃねぇか」
男のこうなることを知っていたと言わんばかりの態度に、カノアは焦りを見せる。
「あんた……」
カノアの言葉に反応したのか、男はバーカウンターからすっと立ち上がった。
カノアはアイラとアイリを背後に庇うようにして、一歩ずつ壁際へと後退する。
出入口は封鎖され、逃げ場は何処にもない。やがてカノアの背中にアイラの体がぶつかると、カノアは自身の背後にそれ以上の退路が無いことを理解した。
そして張り詰めた空気を切り裂くように、凛とした女の声が『紅い楽園』に広がった。
「何を呑気に笑っているのか知りませんが、もう逃げ場はありませんよ?」
カノアたちが店の出入口を向くと、他の兵士より装飾の際立つ甲冑を着た女騎士が店内に入って来たのが理解出来た。
その女騎士がバーカウンターの方に一歩ずつ歩み寄ると、不敵な笑みを浮かべていた男が女騎士に声を掛ける。
「まぁそんなに焦るなって。お前もちょいとこっちに来て一緒に酒を――」
その言葉を聞くと、女騎士はへらへらと笑う男へと詰め寄った。
「要りません! 貴方って人はどうしていつもいつもお酒ばっか呑んでいるんですか!? 今日と言う今日は連れて行きますからね!!」
女騎士は怒り心頭と言った様子で男の腕を掴んだ。
そしてその様子を呆然と見ていたカノアが、一体どういうことかと恐る恐る声を掛ける。
「……あの、これはどういう状況ですか?」
カノアに声を掛けられたことに気付いた女騎士は、男を掴んでいた手を一度離すと、カノアの目の前まで歩いてくる。
「貴方たち大丈夫? この人に何か変なことされなかった?」
「いえ、特には……」
ひとまず女騎士に敵対の意志が無いことを理解したカノアは、僅かばかりに緊張を解く。
そしてバーカウンターの中で黙って事の顛末を見守っていたエレナが、カノアの代わりにと女騎士に状況の説明を始める。
「話を聞かせる代わりに、お酒を一杯ご馳走しろって言っていたわよ。そのお酒も、もう飲み干しちゃったみたいだけど」
エレナはため息交じりにそう言った。
すると、その言葉を聞いた女騎士は鬼のような形相を浮かべ、再び男へと詰め寄る。
「まさか子供にまでお酒をたかっていたんですか!?」
女騎士は男の胸ぐらを両手で掴むと、そのまま持ち上げるように締め上げた。
「ぐ、ぐるじい。助けてくれ、少年よ」
男はカノアに助けを求めたが、女騎士の勢いたるや、カノアどころか一緒に店に入って来た兵士たちでさえも委縮してしまい目線を逸らした。
「大体何の話を聞かせていたって言うんですか!! どうせ適当な話でこの子たちを騙して、お酒を奢らせていたんでしょ!?」
女騎士の言葉に、カノアもそっと口を挟む。
「騙す? さっきの話は嘘だったんですか?」
カノアのその言葉に、男はまたしてもへらへらと笑いながら答える。
「んにゃ、嘘じゃないぜ~」
「ええ、嘘は言っていなかったわ。だって、勿体ぶって何も教えてすらいないんだから」
そして今度は男の言葉に助け舟を出すようにエレナが口を開いた。いや、この場合は火に油を注ぐと言った方が正しいか。
女騎士はエレナの言葉を聞くと、最早言葉を発することすら嘆かわしいと、男を締め上げている両手を小刻みに震わせていた。
「おいお前たち! この人を店の外の柱に縛り付けておくんだ!」
そう言って女騎士は兵士たちに男を乱暴に引き渡した。
そして男は「まだ呑み足りないのに」と、悲しそうな声を漏らしながら店の外に連れて行かれたのだった。
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