第4話『滅びの国と呑んだくれ』

 木製の扉が開かれると薄暗い空間に外の光が差し込む。

 蝶番ちょうつがいの軋む音は、来客の知らせに打って付けの役目を担っていた。

 

「いらっしゃい。って、あれ? ここは子供の来る場所じゃないわよ?」


 カノアたちが『紅い楽園』の中に入ると、バーテンダー姿の女性が声を掛けてきた。


「ラヴィスさんの紹介で来たのですが」


「あら、ラヴィスの知り合い? でも流石に子供にお酒は出せないわよ?」


「いえ、俺たちは酒を呑みに来たわけじゃ」

 

 カノアはバーテンダーの女性と会話をしながら店の中を見回す。

 カウンターの端っこに座っている男の姿が一つ。この店で客と呼べそうな人間はその男一人だけだった。

 すると、カノアと目が合ったその男がカノアたちにも聞こえるように声を上げる。


「良いじゃねぇかエレナ。ガキの内から英才教育ってのも。俺も丁度暇してるんだ。こっちに来て一緒に――」


 男のその言葉を遮る様に、エレナと呼ばれたバーテンダーが口を挟む。


「あ・の・ね。ここは私のお店なの。いくらあなたでも、勝手なことするならもうお酒作ってあげないわよ?」


「えぇ~!? そんな悲しいこと言うなよ、


「そんな甘えるような声を出しても、ダメなものはダメよ」


 男は嘘泣きだとはっきり分かる程、わざとらしい演技でエレナに泣きつく。

 その情けない男の姿を見て、カノアたちはラヴィスの言葉を思い出す。


「酔っぱらい……。多分ラヴィスさんが言っていたのって、のことだよな?」


 カノアがアイラとアイリに確認を取ると、アイラは溜息をつき、アイリはゴミを見るような視線を送っていた。

 三人の認識が一致していることを理解したカノアは、エレナに事情を説明する。


「あの、ラヴィスさんにこの街で何か手伝えることは無いかって聞いたらここを紹介されたんです。多分ここで酔い潰れているだろうから、と」


「あら、そういうこと? んー、でも今日は随分と酔っているから日を改めた方が……」


「それを思い出させないでくれよ~! うぅ、俺もこの街ももうお終いだぁ!!」


 男は何かを思い出し、今度は本当に泣いているようにバーカウンターに顔を突っ伏す。


「はいはい。もう、いくらあんなことがあったからってヤケになり過ぎよ?」


 男をなだめるように、エレナは男の握っていたグラスを優しく手から取り上げて横に置く。


「何があったんですか?」


 何か触れてはいけないことなのだろうかと思いつつも、事情を聞く必要がありそうだと感じたカノアはエレナに話し掛ける。


「昨日の夜、西の大峡谷に掛かる橋が壊れたらしくて、物資がこの街に届かなくなっちゃってね。ここは東のクサントス帝国と西のキュアノス王国の間に位置しているから、その間を行き交う行商人がよく立ち寄ってくれる街なの。だけど、橋が壊れたせいで暫く行商人が来る予定が立たなくなっちゃって……」


 エレナの説明は、男に現実を突き付けるのに十分だったようだ。

 男は顔を伏せたまま呻くように泣き言を漏らしている。


「ああ、もうおしまいだぁ」


「はいはい、これでも飲んで少し落ち着きなさい」


 エレナは男から取り上げた酒の代わりに、水の入ったグラスを差し出した。

 その様子を見ていたアイラが、男たちに聞こえないようにそっとカノアに耳打ちしてくる。


「完全にあたしらのせいだよな?」


「そうだな……。余計このまま見過ごすわけにもいかなくなった」


 そう言うとカノアは、バーカウンターの方へ歩み寄る。


「あの、俺たちで良ければ何か手伝えることはありませんか?」


「そうねぇ。と言っても、手伝って貰うようなことは……」


 カノアに続くように、アイラも声を掛ける。


「あたしらこう見えてそれなりに魔法が使えるんだ。きっと何かの役に立つと思うぜ?」


「あらそうなの? じゃあ話だけでも聞いてもらおうかしら。手伝えるかどうかはその後で判断してくれて良いわ」


 カノアたちの申し出を聞いて、エレナは三人を男と反対側のバーカウンターの端に案内する。


「何か飲む? お酒以外だけど」


「では水をください」


「あたしらもそれで」


 エレナは三人分の水を用意し、三人の前にそれぞれ置く。

 そしてエレナも自分用のグラスを持って来て、男の方をチラッと見た後、視線をカノアたちに戻して話を始めた。


「ここも昔は栄えていた街だったんだけどね。例の大魔戦渦マギアシュトロームで王室が滅んでしまって。元々住んでいた人たちも暮らせなくなって、クサントス帝国の街や村に移住して、ここは暫く廃墟になってしまっていたの」


 エレナは淡々と語り始めると、自分のグラスにそっと唇を添えた。

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