第74話『postlude -Belka and Strelka-』

「――お願い。あなたたちにしか出来ない事なの」


 双子の少女はまどろむ意識の中、その言葉をただ黙って聞いていた。


「あの人を助け出して」


 双子の少女はゆっくりと目を開けた。


 ▽▲▽▲▽▲▽


「世界は絶望に溢れているわ」


 うさぎのフード付きパーカーを着た少女が、両手を広げ晴天を仰ぎながら呟いた。


「つまり、何が言いたいかって言うとね――」


 もう一人の同じような恰好をした少女は、公園のベンチに座ってその言葉を黙って聞いている。


「この世界では、お金が無いとご飯を食べられないらしいの」


「何処の世界でも一緒よ、お姉ちゃん?」


 小さな子供たちが砂場で遊んでいるが、それには目もくれず、ベルカは視線を青空から落としてしゃがみ込む。


「世界は残酷だわ」


 公園のど真ん中で無一文の嘆きを謳ったベルカは、やがて地面に這いつくばるような格好でベルカの座っているベンチの下に視線を向けた。


「何処かにご飯落ちてないかしら」


「落ちていても食べて良いわけじゃないからね?」


「やーだー! ご飯食ーべーたーいー!!」


 地面に寝っ転がって駄々をこねるベルカを、砂場で遊んでいる子供たちが珍しそうに見ている。


「恥ずかしいから起き上がって!」


 ストレルカは急いでベンチから立ち上がると、恥も外聞も捨てて騒ぐ姉を羽交い締めにして、引きずるように座っていたベンチの方に連れ戻す。


「そんなこと言ってストレルカこそ食べなくて大丈夫なの?」


 ベルカは、引きずられながらストレルカに疑問を呈す。


「私はお姉ちゃんみたいに食い意地張ってないから」


「……私より大食いのくせに」


 呟くようなその言葉に、ストレルカはピタッと足を止める。


「困ったらお姉ちゃん食べてお腹膨らませるから気にしないで」


 冗談には聞こえないその言葉に、ベルカは慌ててストレルカの拘束から抜け出す。


「こ、怖いこと言わないでよ!」


 ベルカは冷や汗を流しながら、引きつった表情をストレルカに向ける。


「きゃー!!」


 突如、公園に悲鳴が響き渡る。

 ベルカたちが悲鳴の聞こえて来た砂場に目をやると、巨大な化け物が子供たちに近付いていた。

 子供たちの親と思われる女性たちが、何とか我が子を守ろうとシャベルやバケツなどを投げつけて対抗している。


「まったく、この国は何でこんなに!」


 ベルカは先ほどまでとは打って変わって、真剣な表情で化け物との距離を詰める。


「これもとの過干渉が原因だよね」


 ストレルカもベルカの横を並走しながら怪物をまっすぐ見据える。


「さっさと処理するわよ!」


 そう言ってベルカたちは、化け物を瞬く間に蹂躙する。

 ベルカたちの何倍もあったその身体は、ほんの僅かな時間で肉塊と成り果て、動かなくなった。


「まだ他にも居るかもしれないから、さっさとお家に帰った方が良いわ」


「あ、ありがとうございます!」


 命からがら助かったと、数人の親子たちがその場を後にする。

 バラバラになった肉塊の一つが僅かに蠢いた気配に、ベルカが反応を示す。


「まだ息があったのね」


 そう言ってベルカは右手をまっすぐと向ける。


「ころ……して……くれ……」


 蠢いた肉塊についていた口のような器官から、人の言葉が零れ落ちる。

 ベルカはそれに驚き、攻撃しようとしていた手を止める。


「あなた、自我があるの!? ……すぐに、楽にしてあげるから」


 ベルカは無念の表情を肉塊へと向ける。


「あり……がとう……。これで……やっと……消え……ることが……出来る」


「消える? 死ぬの間違いじゃなくて?」


 ベルカは言葉が通じることに驚きながらも、辿る様に肉塊と言葉を交わす。


「消える……のさ。俺たちは……その言葉の通り……存在ごと……な」


「待って! あなたは何を知っているの!?」


 間もなく命が途切れる気配を感じ取り、ベルカは慌てて何かを聞き出そうとする。


「――――」


 化け物は最後に何か呟くと、文字通り消滅した。


「消滅……。そう、そういうことだったの」


 ベルカは何か点と点が繋がったと、苦悶の表情を浮かべながら納得を示す。


「ストレルカ。予定変更よ」


「お姉ちゃん?」


「お姉さまを探す前にやらなきゃいけないことが出来たわ」


 ベルカはそう言うと、公園を後にした。


 ◆◇◆◇◆◇◆


「あなたは何処まで知っているの?」


『質問の意味を掴みかねますな。少なくとも、私は神様ではございませんので』


「嫌な言い方ね。それじゃまるで、知っているみたいじゃない」


『ほっほっほっ。私はただの道化。買い被り過ぎでございます』


「ふん、どうだか。……それじゃ質問を変えるわ。あなたはこの世界が137だということを知っていたのかしら?」


『……』


「沈黙は肯定と受け取るわよ」


『ご想像にお任せいたします。それでは私は仕事の時間でございますので』


「ちょっと待ちなさいよ! ……ちっ、通信を切られたわ」


 ベルカは苛立った様子で、目を開いた。


「でもやっぱり、グリマルディはこの世界の秘密を知っているみたいだったわ」


「秘密?」


「この世界もを受けているってこと」


「そんな……」


「トウカが私たちにお願いした意味が少しずつ見えて来たわ」


「お姉さまの救出のこと?」


「それは当然。だけど、その過程であのお兄さんと私たちを出会わせることも、恐らくは計算済みだったはずよ」


 ベルカは掌の上で転がされているような感覚に、悔しさを垣間見せる。


「まったく、あのお兄さんは一体何者なの?」


 ◆◇◆◇◆◇◆


 ベルカたちは再び公園に戻って来ていた。

 先ほどの騒動のせいか、周囲に人は見当たらない。


「まっひゃく、いやになふわ! わらひはひをひひようにひようひへ!」


「食べながら喋るのやめてくれる?」


 ベルカは両手にコンビニのおにぎりを持ったまま愚痴と米粒を撒き散らしていた。

 口の中に入っていたツナマヨとお米を飲み込むと、ベルカは再び言葉を紡ぐ。


「日本人はやっぱり危険過ぎるわ!」


「……やっぱり、そうなんだね」


 ストレルカは、姉の言葉に言葉を詰まらせる。

 ベルカは目を見開くと、手を震わせながら持っていたおにぎりを睨み付ける。


「危険よ! こんなに美味しいものを次から次に! お金がいくらあっても足りないじゃない!!」


 ベルカは横に座っていたストレルカから殺気のようなものを感じ取り、冷や汗を流す。


「はっ!? ま、まさか私たちの意識を秘密から遠ざけるためにこんな美味しいものを!?」


「馬鹿なこと言ってないで、さっさと食べ終わってくれる?」


 ストレルカはベルカのわざとらしい演技にため息をつく。

 先ほど助けた親子の中の一人が心配になって戻ってきたところ、ベルカが図々しくも謝礼に食べ物を要求していたことを思い出し、今更ながらに恥が込み上げてくる。

 そんなストレルカの気持ちなど知らぬ存ぜぬと、ベルカは残っていたおにぎりを平らげ、満足そうな表情を浮かべた。


「ふぅ。それでこの国のことだけど、お姉さまを探す前に色々と調べないといけないわ」


「ヴォルフガングの祝福のこと?」


「ええ、まさかこっちにまで影響が出ているとはね。必ず、奴らの企みは阻止しないと――」


 ベルカは真剣な顔つきで、紙切れのようなものをパーカーの前ポケットから取り出した。


「それは?」


 ストレルカは覗き込むようにその中身を確認する。


「おむらいす……はんばーぐ……かれーらいす。……お姉ちゃん?」


 たどたどしい筆跡で書かれたその文字は明らかにベルカのものだとストレルカは理解した。


「はっ!? ち、違うのよ! に、日本人ったらいつの間にこんな卑劣な罠を!!」


「これはお姉ちゃんの文字でしょ!! おにぎり持ってきてくれた人から何か聞き出してると思ったら、何やってるの!!」


 ベルカはストレルカの背後に浮かび上がる死神のような気配を察し、急いでメモをしまって走り出した。


「やることは山積みよ! こうしちゃいられないわ!」


「あ、逃げないで!」


 脱兎のごとく逃げ出した姉を追いかけるように、ストレルカもベンチを立ち上がった。

 二人はまるでうさぎが跳ねるように追いかけっこを始めると、やがてストレルカはベルカの隣を並走し、憎み切れない姉の性格に思わず笑いを零す。

 それに気付いたベルカは返事をするように笑顔を返した。


「さぁ、ストレルカ! これからの異世界の話を始めるわよ!」


 二人の白いうさぎは、晴れ渡る空の下を何処までも駆けて行った。




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これにて第一章は完結となります。

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