第71話『re:frain;』

「この世界はティアを殺すためだけに何度も繰り返されていたというのか!?」


 カノアは感情的に言葉をぶつけた。

 だが、アウァリはそれすらもそよ風を受け流すように涼しい顔で答える。


「殺すためじゃなくて、魂を集めるためだよ」


 その違いが何なのかははっきりとしない。だが、いずれにしても世界を繰り返しティアの命を奪い続けていたという事実は変わらない。


「私が生まれることだって私が望んだことじゃない。私だって被害者なんだよ? 慰めてよ、カノア♡」


 アウァリは妖艶な表情を浮かべ、少し舌を出して下唇をなぞる様に舐める。


「何が被害者だ! お前たちは何の目的があってティアにこんなことをしているんだ!!」


「世界を何度も繰り返して、ティアの魂を集めて、やっと喋れるようになったのに。どうして愛してくれないの?」


 ただひたすらにカノアに愛されることを願うアウァリと、ティアに対する冒涜で怒り続けるカノア。

 それは言葉以上にカノアとアウァリの感情が噛み合っていないことの表れだった。


「私、カノアになら身も心も委ねられるよ? 迎えに来てくれるの、ずっと、ずーっと、何年も待ってたんだから♡」


「何年も? 何を言っているんだ!? 俺がこの世界に来たのは数日前のはずだ!!」


「覚えてないの?」


 カノアの言葉に少し驚きを見せつつも、アウァリは内から込み上げてくる喜びを抑えきれないとばかりに恍惚の表情を浮かべる。


「そっか、そうなんだ。この記憶は私だけのものなんだ、えへへ♡」


 アウァリは悦に浸る様に、自身の感情を噛み締める。


「カノアとの記憶。私だけの記憶。嬉しいなぁ♡」


 狂ったように魔獣を殺したり、途端に愛を追求したり。カノアは目の前のティアと瓜二つの姿形をした少女を、理解の外側にある存在としてしか認識出来なかった。


「カノア……」


 カノアがその声に振り向くと、ティアが目に涙を浮かべながら救いを求める目を向けていることに気が付く。


「私、何度も殺されてたって本当なの……? カノアは何度も同じ日を繰り返して、それを見てきたの? ねぇ、教えて、カノア……」


 ティアの精神は崩壊寸前と言った様子だった。

 カノアはティアの肩を両手で持ち、刺激を与えないように落ち着いた声で諭す。


「ティア落ち着くんだ。君はこうやってちゃんと生きている。死んでなんかいない」


 だがその様子が気に食わないと、アウァリは言葉で二人の仲を断ち切ろうとする。


「邪魔しないでよ、ティア! 私、これからカノアと一緒に幸せになるんだから!!」


 ティアは精神を保つために、藁にも縋る思いでアウァリにも質問を繰り返す。


「あなたたちはどうしてこんなことをしているの? この国で何をしようとしてるの? どうして――」


「ああ、もう、うるさいなぁ! どうしてどうしてって、何でもかんでも教えるわけないでしょ? あなただって大事なことは隠してるくせに!!」


「私が? 私、何も……」


「なら聞くけど、どうしてあなたたちはこの国の研究を止めようとしてたの?」


「それは……私たちが再生屋で、それに魔物は協定でも禁止されてて、だから……」


「綺麗ごとばっかり。本当の理由は別にあるでしょ?」


「別の理由なんて……」


「なら、なんでカノアに教えてあげてないの? あなたの国が滅んだ理由を」


 アウァリのその言葉は、ティアの心を深く突き刺すように放たれた。

 ティアは狼狽えながらその場にへたり込む。


「なん、で……」


「私の中にはあなたの記憶があるって言ったでしょ? 自分で言えないなら私が代わりにカノアに教えてあげよっか? あなたの国が滅んだのも、世界が魔物に襲われたのも、あなたのお父さんやお母さんが死んだのも、だって」


「いや、やめ、て。いや、いやああああああ!!!」


 ティアは目から大粒の涙を流し、その悲鳴を大峡谷にこだまさせた。

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