第70話『amadeus #2』

 カノアの視線の先で二人の銀髪の少女が視線を交わしている。

 だが一人は魔獣の死骸の上で血にまみれた恍惚の表情を浮かべ、一人はそれを見上げる形で苦悶の表情を浮かべている。


「ティア!!」


 魔獣を踏みつけていた方の少女がもう片方の少女に向けて手を伸ばし、それが何か危害を加える行為であることを察したカノアは、なりふり構わず大峡谷の広がる森の外へと飛び出した。


「待てカノア!! くそっ、あの馬鹿勝手に!!」


 アイラは突如飛び出していったカノアを制止することは出来ず、また、瀕死の重傷を負っている仲間が居るためその場を動くことが出来ない。

 アイリもアイラの傍に寄ってきて、瀕死の少年の介抱に徹する。


「はぁ、はぁ。やっと追いついた。流石にソフィア無しで森を走るのは苦労するね」


 アイラたちが少年の手当てをしていると、イヴレーア辺境伯が息を切らしながら合流した。


「一体何がどうなってやがるんだ!? あの魔獣どももあんたが連れて来たのか!?」


「魔獣? そんなものに私は関わっていない。計画では、カノア君が来たタイミングでエルネストたちにもうひと暴れして貰って、警備が手薄になったところを突破してもらう予定だった。一体何が起きたのか私にも説明をしておくれ」


「説明も何も、訳の分かんねぇやつが暴れてあたしの仲間たちがやられたんだ!! こいつなんかこんな怪我を負ってるってのに、それを知らせるためにあたしのところに……」


 それを聞くとイヴレーア辺境伯は、アイリと交代するように重傷を負っている少年の怪我の様子を確かめる。


「傷を見せてごらん」


 出血は酷いものの、傷そのものは深くない事を確認したイヴレーア辺境伯は懐からソフィアを取り出し指に装着する。

 そして呪文のようなものを唱えると、掌全体が淡く光り少年の怪我を照らした。


「ひとまずこれで出血は抑えられる。後は安静にしているんだ」


「あ、ありがとうございやす。痛みもだいぶ楽になりやした……」


 少年が会話出来るレベルに回復したのを確認して、イヴレーア辺境伯は事の成り行きを少年から聞き出す。


「何があったんだい?」


「大峡谷に着いた時、聞いてた通り衛兵たちが居て、後は姉御たちの到着を待つだけって感じだったんす。そしたら急に衛兵たちが騒ぎ始めて、その後急に魔獣が数体暴れ始めたんす」


「魔獣か……。どうやら裏で手引きしている人間が居るようだね」


「だけど、ヤバくなったのはその後っす」


「その後?」


「衛兵たちですら太刀打ち出来なかった魔獣を、突然現れた銀髪の少女が殺し始めたんす。それを止めるように無精髭の大柄な男が何処からか現れて」


「ティアとエルネストか?」


「名前までは分からねぇっす。ただ、尋常じゃない強さで辺り一帯が吹き飛ばされて隠れていた自分たちも巻き込まれて……」


 イヴレーア辺境伯は少年の話を自身の目で確かめるために、アイラと共に木々の間から大峡谷の様子を確認する。

 そして視界に入って来た光景に驚愕の声を漏らした。


「あれは!!」


 その驚き様に、アイラが問いただす。


「あれが何なのか、あんたは分かるのか?」


「ああ。非常にマズいことになっているね」


「どういうことか説明しろ!」


 アイラは仲間がやられて気が立っている。イヴレーア辺境伯を問い詰めるように声を上げると、イヴレーア辺境伯はその口を開いた。


「あれはだ」


「アマデウス? 何だよそれは!?」


 イヴレーア辺境伯は眉間に皺を寄せ、険しい表情で二人の銀髪の少女に視線を注いでいた。


 ◆◇◆◇◆◇◆


「ティア!!」


 カノアは少女の名前を叫びながら大峡谷へと躍り出た。

 魔獣の上に君臨する少女を睨みつけていたティアが振り返り、カノアの存在に気が付く。


「カノア!?」


 だが、その声に反応したのはティアだけではない。

 魔獣の死骸を足場にしていた黒いローブを身に纏っている少女もカノアに反応を示す。


「カノア♡」


 カノアはその少女を睨み付けると、自身の記憶を掘り返す。


「その黒いローブ、それにその銀髪に翡翠の眼……。まさか、街道で俺を襲ってきたのはお前か!」


「覚えてくれてたんだ! 嬉しいな♡」


 その少女は魔獣の死骸から地面に降り立ち、カノアへ向けて恍惚の表情を向けてくる。

 だがカノアはその異様な雰囲気に飲まれないよう、威嚇するかのように声を大きくした。


「お前は一体何者なんだ! どうしてティアと同じ姿をしている!?」


「私の名前はアウァリ。姿が似ているのは当然だよ。私はティアから作られたなんだから」


「ティアから作られた? それはどういう意味だ!?」


「そのままの意味だよ♪」


「やはりお前たちはティアを人体実験に利用して……。だがティアはここに居る。ティアを魔物にしたというなら、どうして本物のティアは此処に居るんだ?」


「魔物? 酷いなぁカノア。私をこんなガラクタと一緒にしないで。私は魔物じゃなくて、アマデウスだよ♪」


 そう言いながらアウァリと名乗った少女は、笑いながら魔獣の死骸を魔法で焼き尽くした。

 まるで玩具で遊ぶ子供のように笑うアウァリの姿に、カノアは戦慄を覚えながらも言葉を紡ぐ。


「アマデウス? 何だそれは!?」


「神を愛し、神に愛されただよ」


「鍵? ティアから作られたって言うのはどういう意味だ! お前たちはあの研究所で魔物を作っているんじゃなかったのか!?」


「魔物? あはは♡ そんなゴミを作るためにわざわざ研究所なんて作らないよ♪ あの施設の目的は鍵である私を作るためのもの。魔物はその研究の過程で出来た、ただのゴミ♪」


「そんな……。じゃあティアたちが聞いた噂と言うのは……」


「噂? ああ、ティアをこの国におびき出すために流したあれのこと? あんなの信じてノコノコやってくるってティアってホント可愛い♡ それとも、放っておけない事情でもあったのかなぁ♪」


 アウァリは何か知っていると言いたげな表情でティアに言葉を投げかける。


「あなた、何を言って……」


 アウァリの言葉に何か思い当たることがあるといった様子で、ティアは言葉を詰まらせた。


「もうこの話終わりにしよーよ? 私、ずーっと会いたかったんだよ? 街道でも王都からの帰りでも、せっかく。あの時はまだちゃんと喋れなかったからずっと寂しかったの」


「俺が、呼んだだと?」


「うん♪ あの闇魔法、私に居場所を教えてくれてたんでしょ♡」


(確かティアからお守りを渡された時、魔物が俺の中の魔素に引き寄せられていると言っていたが、まさかこいつも――)


「けど、街道の時はカリオスが邪魔するだもん。ほんとあいつ嫌い!」


 そう言ってアウァリは拗ねた子供のように顔を顰めた。


「ま、あいつはから良いんだけどね♪ それに王都からの帰りに会えた時は、私も嬉し過ぎて力が上手く抑えられなくてカノアのこと殺しちゃったもんね。ごめんね、カノア♡」


 自身の言葉に合わせて、アウァリは百面相のように表情と態度をコロコロと変える。


「でもカノアなら許してくれるよね? 私たちこんなにも愛し合ってるんだから♡」


「ふざけるのもいい加減にしろ!!」


 アウァリの余りにも身勝手な発言の連続に、ついにカノアも言葉を荒げた。だが、当の本人であるアウァリは何も気にしていない様子で更に言葉を続ける。


「ふざけてなんかないよ? ずっと私のこと大切にしてくれたじゃない? 王都で喧嘩したことも、村の噴水広場で色々お話したことも全部覚えてるんだよ? それより前のことだって――」


「何で、お前がそのことを!?」


「あは♡ 私、ティアから作られたって言ったでしょ? だったら、私の中にティアの記憶があっても不思議じゃないでしょ♡」


「お前らはティアを利用して、一体何をしていたんだ!?」


 カノアは苛立ちを募らせ、アウァリに怒りをぶつけるように問いかける。

 カノアたちの会話を傍らで聞いていたティアが、自身が人体実験に利用されていたと聞かされ口を挟んだ。


「ねぇ、カノア。さっきから何の話をしてるの? その子さっきから私から作られたってどういう意味なの? それに、人体実験をされてたのってカノアじゃないの?」


 怯えるように矢継ぎ早でティアは質問を投げる。それに答えるように、アウァリはティアに近付きながら会話を繋ぐ。


「私が教えてあげる。この世界はある目的の為にループしているの。そしてその目的の為に、この国ではループを利用して素材を集めていたんだよ♪」


「素材……?」


「そだよ。の目的はあなたから私を作り出すこと。でもね、あなたは一人しか居ないし、普通は一度殺せばそれで終わりになっちゃう。でも何度も世界をやり直せるとしたら? その度にあなたから集めたものを蓄えられるとしたら?」


 アウァリは、表情を強張らせているティアを弄ぶように意地悪な表情を浮かべる。


「あなたたちは、何を集めてたって言うの?」


だよ」


「魂……?」


「あなたたち人間も何かを作る時、同じ生き物を何匹も殺して素材を集めるでしょ? それと同じことだよ。でも一人の人間からは一つの魂しか採取出来ない。だったら何度も殺せるように世界の仕組みを変えちゃえば良い。とっても合理的な話でしょ? そうやってあなたの魂を集めて私は作られたの♪」


 アウァリは自身の誕生を祝福するように、宵闇の空の下で微笑んだ。

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