第69話『amadeus #1』
地面に落ちている小枝を踏み折る音が、草木を掻き分けるように近づいてくる。
カノアたち四人は背中を合わせるように陣取り、それぞれが四方からの襲撃に備えていた。
「カノア。お前は隙を見て逃げる準備をしろ」
捕獲の対象となっているカノアの身を案じ、アイラが小さく呟く。
「俺も戦うさ。少しでも戦力は多い方が良いだろう」
「奴らの狙いはお前だ。お前が捕まったら終わりだと思え」
次第に音はスピードを速め、ついにはアイラの目の前の草木が大きく揺れた。
アイラは先手必勝とばかりに地面を強く蹴って自ら距離を詰め、草木を掻き分けて飛び出してきた男に渾身の蹴りを見舞いする。
「うおりゃああ!!」
突然の蹴りを無防備で喰らったその男は吹っ飛ばされ、地面を二回、三回バウンドするように転がった。
付近に生えていた木にぶつかりその勢いを止めると、蹴られた腰の辺りをさすりながら泣き叫ぶ。
「いってぇ!! 何するんすか姉御!!」
「……姉御?」
薄暗い森の中ということもあり、アイラは自身が蹴り飛ばしたその男を目を細めて確認していると、その男に続くように周囲の草木の間からスラム街の盗賊の少年たちが姿を現した。
「何だお前らだったのか。こんなとこまで何しに来たんだ?」
蹴とばされた少年が、腰をさすりながらアイラの元へ歩み寄って来る。
「何って、姉御たちが抜け道閉じちまうからあの後大変だったんすよ! だけど、衛兵の奴ら俺たちより抜け道開こうと必死だったのでその隙に逃げたんす。そんでもスラムには他の衛兵がウロウロしてるし、とりあえずあっしらは姉御を追っかけようってことになって、来てみたら何か貴族と深刻そうな話してて……。はっ!? まさかもう三角関係っすか!?」
「んな訳あるか!」
「いてぇ!?」
アイラは少年の頭にゲンコツで突っ込みを入れる。
「コイツを何とかして大峡谷の向こう側に連れて行きたいんだが、大峡谷の辺りには王都の衛兵たちが居て簡単にはいかないって話さ」
「私の警備隊だけだったら簡単な話だったんだけどね」
アイラの言葉に続くように、イヴレーア辺境伯も困っていることをジェスチャーで示した。
だがアイラたちの話を聞いた盗賊の少年たちが順番に声を上げ始める。
「そういうことならあっしらに任せてくだせぇ。ここいらはスラムよりも広いですし、何より夜こそあっしらの出番っす!」
「俺たちは元々スラムで生まれ育ったただのゴロツキっす!」
「兄貴には世話になったって聞きやした! ここでタマ張れないようじゃ男が廃るってもんすよ!」
少年たちは互いに発破を掛けるようにテンションを上げていく。
「お前ら……。よし、カノア! 大峡谷までの道はこいつらが開けてくれる。衛兵の隙を見つけて大峡谷の向こう側まで突っ走るぞ!」
アイラの一声に盗賊の少年たちも最高潮に気合を入れる。
「じゃあ私は今の衛兵たちの配置を教えないとだね」
イヴレーア辺境伯の入れ知恵もあり、周囲は勝ち戦の雰囲気に包まれ始めた。
◆◇◆◇◆◇◆
「よし、もうじき森を抜けるぞ! ここを抜ければ大峡谷だ!」
カノアはアイラを先頭にアイリと三人で森を駆けていた。
盗賊の少年たちが先回りし、大峡谷までの最短ルートに配置されていた衛兵を襲撃して回っていたおかげで、カノアたちは順調に大峡谷に近付いていた。
やがて見えて来た森の切れ目の先に大峡谷を跨ぐ大きな橋が見えたところで、一度足を止める。
「あの橋を渡ればキュアノス王国の外側だ」
「橋を越えれば安全なのか?」
「ああ、衛兵の奴らは許可なくあの橋を超えることは出来ない。他国への侵略行為と見なされるからな」
カノアとアイラが言葉を交わしつつ、木々の隙間から橋付近の様子を見て突入出来るかどうかを確認する。
だがどうしたことか、橋付近には衛兵の姿が見当たらない。
「どういうことだ? あそこが一番警備を厳重にする場所のはず……」
何か怪しげな雰囲気漂う中、盗賊の少年たちの叫び声が聞こえて来た。
「ぎゃあああ!!!」
「て、撤退だ!! こいつは戦って勝てる相手じゃねぇ!!」
先ほどまで意気揚々としていた少年たちが阿鼻叫喚の合唱を奏でる。
一人の少年が大怪我を負った状態でアイラたちが隠れている方へと撤退してきた。
少年はアイラを見つけると、足を引きずりながら近づいてくる。
「あ、姉御逃げてくだせぇ! あれは、人間が勝てる相手じゃ、ないっす――」
少年はそう伝えるとぐったりとした様子で地面に倒れ込んだ。
「お、おい!! しっかりしろ!」
アイラが駆け寄るが少年は最早意識を保つだけで精一杯といった様子だ。
アイラは少年を近くの木の根元に移動させると、ゆっくりと地面に寝かす。
その時、宵闇の大峡谷に魔獣の雄叫びが轟いた。
「この声は!! まさか魔獣まで居るのか!?」
カノアは幾度となく聞いてきた魔獣の咆哮によく似た轟きに、旧噴水広場での惨劇を思い出す。
確かにあれはまともに戦って勝てる相手ではない。ただ一度勝った時ですら、カノアはその勝利の原因を記憶に留めていない。
「カノアどうする? さすがに魔獣相手だと隙を見て突破ってのはちとキツイぜ?」
アイラはカノアの傍に来ると、二人は身を屈めて大峡谷の様子を覗き見る。
だがそんな二人の所に、何かが勢いよく飛来してきた。それは周囲の草木をなぎ倒すような衝撃と共に、カノアたちの近くの地面を転がった。
「こいつは……魔獣の首!?」
アイラは転がってきたそれを見て驚嘆の声を上げた。
「あ、姉御……。大峡谷には、何頭も、魔獣がいやした……。だけど……」
木陰に運ばれた少年が意識を保ちながら話し掛けてくる。
アイラはその少年の傍に寄ると、その声に耳を傾けた。
「一体あそこで何があった? 何を見たんだ!?」
「魔獣は……ほとんど、殺されやした……。俺たちや王国の衛兵たちも、それに巻き込まれて……、うっ!!」
「おい! しっかりしろ!!」
アイラは痛みを堪えながら話をする少年に必死で声を掛ける。
だが、少年は大量の汗を流しながら限界を迎えていた。
「カノアすまねぇ! このままじゃこいつがヤバイ! 何か――」
アイラは縋るようにカノアに声を掛ける。
だが、カノアは何かに目を奪われるように大峡谷の方に視線を釘づけにされていた。
「何で……」
「カノア?」
アイラは今まで見たことが無いようなカノアの表情に異常を察する。
アイラも少年の傍から大峡谷の方に視線を向けると、銀髪の少女が全身に血を浴びながら魔獣を蹂躙する姿が視界に飛び込んできた。
「何で、ティアが――」
翡翠の目をした少女は血に染まった銀髪をなびかせ、魔獣の死骸を踏みつけて笑っている。
そしてカノアは幽霊でも見ているかのように、唇を震わせてこう言った。
「何で、ティアが――二人居るんだ!?」
カノアの視線の先で、二人の銀髪の少女が翡翠の瞳を交錯させていた。
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