第67話『迫る影』
「森を抜けたぞ!」
カノアたちは抜け道から脱出した後、アイラを先頭に夜の森の中を突き進んでいた。だが以前のように魔物に出くわすこと事は無く、その心配は杞憂に終わった。
おおよそメラトリス村の近くと思われる場所で森の外へと出た。
「ここからならメラトリス村まで近いと思うが、一人で帰れるか?」
アイラの問いにカノアは答える。
「いや、村に戻るつもりは無いんだ。だが、少しだけ様子は見ておきたい」
「村に戻らないのか?」
「大峡谷で仲間が待っているんだ。そこに向かいたい」
「大峡谷? ああ、国を出るつもりなのか」
カノアは遠目からメラトリス村を確認すると、入り口付近にキュアノス王国の衛兵と思われる武装集団を視界に捕らえる。
やはり村長が敵と判明した今、村に戻ることの危険性を再確認した形となった。
カノアたち三人は再び森の方に戻ると、衛兵たちに気付かれないように森に紛れながら大峡谷を目指した。
◆◇◆◇◆◇◆
魔物と出くわした森と比べると、木々の種類も違っているように見える。
カノアたちは大峡谷の麓に広がる森へと到着していた。
「ここが大峡谷の入り口の森だ。少し進めば大峡谷が見えてくる」
アイラは道案内をするように、先に森の中へと進み始める。
「ここいらの森は国境警備隊が管理してるから魔物は出ないはずだ。だが、王都の中で魔物の研究をしていたなら、むしろここからが危険区域と思った方が良いかもな」
「ああ、村の入り口にも衛兵が集まっていた。思った以上に手が回るのが早いみたいだ」
カノアたちは現状を整理しながら先へと進む。
周囲を警戒しながら進んでいたが、そわそわしているアイラの様子に気付いたカノアが話し掛ける。
「魔物の気配もなさそうだし、そろそろ一人でも大丈夫そうだ」
「え? いや、大峡谷に着くまでは一緒に――」
「スラムの方が気になっているんじゃないのか?」
カノアのその問いに、アイラは観念したように苦笑いを浮かべる。
「はぁ、こういうことは察しが良いんだな。その通りさ。勢いで出てきちまったけど、あいつらの事を放っておくわけにも、な」
その言葉に、カノアは問題ないと返答をする。
「ここまで着いてきてくれただけでも本当に助かった。ここからは俺一人で大峡谷を目指すよ」
「悪いな。無事に仲間に会えることを祈ってるよ」
カノアたちが別れの挨拶を済まそうとした時、少し離れたところで物音がする。
それは風が奏でた木々のざわめきなどでは無く、地面に転がる小枝を踏み折る音で人の足音だと理解した。
「こっちだ!!」
アイラは音の主に気付かれないよう素早く近くにあった大木の陰に身を隠す。
カノアとアイリもそれに続くように、それぞれが近くにあった大木や草木の陰に身を隠した。
「カノアは隠れてな。あたしは最悪見つかっても誤魔化せるが、カノアは顔が割れてる以上見つからない方が良い」
アイラは小声でカノアにそう伝えると、近付いてくる音に聞き耳を立てながら僅かに視線を覗かせる。
アイラは視線の先に一人の男の姿を捉えると、状況をカノアたちにも共有する。
「貴族が一人で歩いてやがる。王都の警備もそこまで人が足りないってのか?」
「貴族?」
「ああ。だが相手が一人ってんならあたしが足止めすればいいだけの話だ。カノア、あたしがあれの相手をしてる内にさっさとこの場を離れるんだ」
そう言うとアイラは、貴族の男が自分たちの隠れている付近に来る前に奇襲を掛けるため大木の陰から飛び出す。
「待て! アイラ!」
何か違和感を覚えたカノアは、自身の目でその男の姿を確認し、アイラに制止を呼びかけた。
「馬鹿! お前は出てくるなって――」
「やあ、カノア君。待っていたよ」
カノアたちの目の前に姿を現したのはイヴレーア辺境伯だった。
二人が顔見知りであることを理解し、アイラも警戒しながらではあるが奇襲を止める。
「彼らならだいぶ前に到着しているよ。だがここに来るまでに派手に暴れたらしくてね、そのせいで今は大峡谷や村に王国の衛兵が集まって来ているんだ。衛兵に見つかる前に君に会えて良かったよ」
イヴレーア辺境伯は現状起きている事態をカノアたちに説明し始める。
「村の入り口に衛兵が集まって居たのはそのせいか……」
カノアは相変わらずのエルネストの短気っぷりを聞かされ、ため息をついた。
「じゃあ村の入り口に居た衛兵は俺たちを待ち伏せていたり、村の人たちを捕まえて拷問しようとしていたりした訳じゃないんですね」
「逆さ。彼らが暴れたせいで警護に来ているんだ」
村長は敵と判明したが、他の村の人たちには罪は無い。カノアは孤児院のみんなや世話になった村人たちの安否を聞かされ安堵する。
「ったく。逃げる時まで人の心配かよ」
アイラも段々と状況を理解し、イヴレーア辺境伯への警戒を解き始める。
「あの村の人たちには色々世話になったからな」
「どんだけお人好しなんだ。まずお前は自分の心配をしろよな」
アイラの言葉に乗っかるように、イヴレーア辺境伯も言葉を繋げる。
「彼女の言っていることは最もだ。カノア君、君は人の心配より、まずは自分の心配をするべきだね」
その言葉を発したイヴレーア辺境伯の様子が僅かに変わったように受け取れた。
アイラも解きかけた警戒を再び強め、僅かに身を強張らせた。
「……どういう意味ですか?」
「彼らは散々暴れたのに何故この大峡谷に辿り着けたと思う? それは衛兵たちの目的が彼らではなく、一人の少年を捕まえることを最優先しているということを意味しているからさ」
イヴレーア辺境伯は先ほどまでの温和な雰囲気を捨てて、鋭い視線でカノアたちを見据える。
その空気に気圧されるように、アイラは後ずさりしながら少しずつカノアの方へと足を戻す。
「辺境伯という立場上、国境沿いの警備は私が指揮を取っているんだ」
イヴレーア辺境伯も言葉を紡ぎながら一歩ずつカノアたちへと歩み寄る。
異様な空気を纏ったイヴレーア辺境伯の姿に、カノアは視界が揺らいだ気がした。
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