第66話『約束のドーナツ』
「待たんかぁぁぁ!!! 衛兵に喧嘩売ってタダで済むと思うなよおおお!!!」
「うおおお! 姉御の頼みとあれば、あっしは火の中水の中ぁぁぁ!!!」
扉の向こうから聞こえて来た足音と騒音が去ってく。
周りから人の気配が無くなった。
いや、二つ。この家に近付いてくる足音――。
お姉ちゃんたちが帰って来た。
「ほらな、あたしの妹は賢いんだ」
扉が開くとお姉ちゃんが顔を覗かせた。
お姉ちゃんはわたしを見つけてホッとしてるみたい。
わたしも二人が帰って来てくれてホッとした。
「巻き込んでしまってすまない。無事で良かった」
「大丈夫」
わたしがそう言うと、黒髪のお兄ちゃんも安心した表情をこちらに向ける。
「ありがとう」
「いや感謝されるようなことは何も……。むしろ一歩間違えば危険な目に合わせるところだったんだ」
「違う」
「え?」
わたしがお礼を言うと、黒髪のお兄ちゃんが戸惑った。
――仕方ないよね。
「カノア、ちょっと良いか? 今夜スラムから抜け出す方法について話しておきたいんだが――」
お姉ちゃんは黒髪のお兄ちゃんに話し掛けると、王都の外に出る計画について話し始めた。
「……約束守ってくれてありがとう」
わたしは黒髪のお兄ちゃんに聞こえないように、そう言った。
◆◇◆◇◆◇◆
「よし、外も暗くなったし、そろそろ行くぞ」
アイラは気合を入れると服装を整えた。
「一緒に来てくれるのか? 抜け道さえ出られたら後は一人で――」
「途中で捕まっても寝覚めが悪いからな。最後まできっちり面倒見てやるよ」
「すまない、ありがとう」
「護衛の代金は空のソフィアでもう貰ってるようなもんだから気にすんな♪」
アイラは屈託のない笑顔で親指を立てる。
「相変わらず抜け目ないな」
「当然♪ んじゃ、行くとするか」
カノアとアイラが隠れ家の外に出ようとすると、アイリも立ち上がる。
「わたしも着いてく」
「アイリも? こいつを外まで送るだけだからすぐに戻って来るぞ?」
「着いてく」
アイリは頑なな表情でアイラを見つめる。
アイラも何か言いたげだったが、アイリの様子を見て早々に観念した。
「そこまで言うなら良いけどさ……」
少し微妙な空気になってしまったので、アイラは一呼吸置いて気合を入れ直す。
「んじゃ、パパっと外まで送ってやるか!」
そう言うとアイラは先陣を切るように隠れ家の扉を少しだけ開き、外の様子を確認した。
「誰も居ない、か」
右往左往と視線を動かし周囲には誰も居ないことを確認すると、アイラはカノアに話し掛ける。
「人払いはあいつ等に任せて置いたからな。だけど油断するなよ?」
扉を人一人分通れるほど開くとアイラは先に外に出る。
そして踵を返し、カノアに念を押すように注意を促す。
「夜だとソフィアは光って目立つから使うなよ?」
「ああ。隠れながら走って行こう」
(結局、俺がソフィアを使っても光ったことは一度も無かったな)
カノアは心の中でそう呟くと、アイラたちと王都の外に出る抜け道まで身を隠しながら走り始めた。
◆◇◆◇◆◇◆
「案外あっさりと来れたな」
「あいつ等のおかげさ」
カノアたちは抜け道のある城壁まで来ると周囲を見渡し、人気が無いことを確認する。
アイラが古びた木版を横に動かすと、後ろに隠してあった抜け道が姿を見せる。
抜け道は石で出来た扉で塞がっていたが、いつものように開門の呪文を唱えると扉に埋まっていた魔素石が光り、ゆっくりと大口を開けた。
「この扉もソフィアで動いていたのか」
「まったく恥ずかしい呪文にしてくれたもんだ」
カノアがそう言うと、アイラは髪の毛をいじりながら照れ隠しを見せる。
「あいつらもカノアには感謝してるんだぜ? 例の研究所ぶっ壊してくれたって話を伝えたら、スラム全員で協力するって言って危険を承知で衛兵をこの街から引き離してるんだ」
「だからここに来るまで誰にも会わなかったのか。みんなにありがとうと伝えてくれ」
「水臭いこと言うなって。あたしらはもう仲間だろ? あたしらははぐれ者だけど、仲間は絶対に裏切らない。受けた恩もきっちり返す。ここはそういう街なんだ」
アイラからカノアに手を差し出すと二人は握手を交わした。
手を握ったままアイラは微笑むと、カノアに別れの挨拶を告げる。
「んじゃ、あたしらは此処までだ。達者で――」
だが二人の別れに水を差すように、夜のスラム街に泣き叫ぶ声が響く。
「姉御ぉぉぉ!! すいやせぇぇん、助けてくだせぇぇぇ!!!」
カノアたちがその声のする方に視線を向けると、衛兵に追いかけられている盗賊の少年が自分たちに向かって走って来るのが見えた。
そしてアイラはカノアの手を握っている手に力を入れ、不敵な笑みを浮かべた
「カノア、先に謝っとくぞ」
「……冗談だろ?」
アイラは昼間の仕返しとばかりにカノアの手を引いて、抜け道の中へと飛び込むように走り始める。
アイリもそれに続くようにサッと抜け道に入ると、呪文を唱えて抜け道の扉を閉めた。
「姉御ぉぉぉ――」
閉じていく扉の向こうから叫び声が聞こえていたが、無常にもその声は扉が閉ざされることで聞こえなくなった。
扉が閉ざされ真っ暗闇となった抜け道をアイラがランプのようなもので照らした。
「……よし、あたしらは何も見ていない。良いな?」
そう言ってアイラはぎこちない足取りで抜け道の外へと向かい始めた。
その背中に向かってカノアは問い詰めるように言葉を投げかける。
「仲間は裏切らないんじゃなかったのか?」
カノアの言葉にアイラが振り返る。
「衛兵引き連れて逃げてくる馬鹿なんて知るか!!」
アイラは怒りを吐き出すように叫んだ。そしてスッキリしたのかいつも通りの笑顔を浮かべた。
「適当に目途が立つまで一緒に逃げてやるよ。こう見えてあたしだってそこそこ戦えるんだぜ? 途中で魔物が出てきたら守ってやる。その代わり料金割増だけどな!」
「相変わらず現金なやつめ」
この周回では魔獣の討伐を共にしていないが、カノアはアイラの言葉を疑うことは無い。
思い出したように鼻で笑うと、ポケットからある物を取り出した。
「賃金の代わりと言ってはなんだが、こいつを渡しておくよ」
そう言ってカノアは、ポケットから取り出した折り畳み式の手鏡をアイラに渡した。
「こいつは?」
「手鏡だ。中に櫛も入っている」
アイラはカノアから手鏡を受け取ると、中を開けて確認する。
「せっかく綺麗な髪をしているんだ。ボサボサのままというのも、な」
カノアがおだてるように言葉を並べると、アイラは顔を見られないように背中を向ける。
「お、おう……」
アイラはそれだけ呟くと、受け取った手鏡をポケットにしまった。
そして気合を入れるように片手で顔をパシッと叩くと、持っていたランプで抜け道の先を照らした。
「うし! じゃあさっさと逃げるぞ!」
アイラを先頭に、カノアたち三人は抜け道の中を進み始めたのだった。
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