第65話『路地裏の密談』

「はぁ、はぁ……」


 カノアは息を整えながら、建物と建物の隙間から少し顔を出して辺りを見回す。


「とりあえず撒けたみたいだ」


 そう呟くとカノアは顔を引っ込める。

 そしてそれと同時にと胸ぐらを掴まれ、顔を正面に向けると、そこには引きつった笑顔を浮かべるアイラの姿があった。


「とりあえず説明して貰おうか?」


「すまないと思っている」


 カノアが悪気が無さそうに淡々と謝罪をすると、アイラは怒りの言葉を並べ始める。


「そういうこと聞いてんじゃねーよ! 何で衛兵なんかに追われてるんだって聞いてんだ! あいつら余程のことが無いとスラムまで来たりしねーぞ!?」


 アイラの罵声を一通り浴びると、カノアは今までの事情を説明する。


「少し魔物退治をしていてな」


「魔物退治? まさかお前、地下水路から出てきたのも……」


(そういえばアイラは研究所のことについて多少知っていたんだったな)


「ああ、嘘を付いてすまなかった。雨宿りをしていたんじゃなくて、本当はその先にある魔物を作っていた研究施設に潜入していたんだ」


 カノアのその言葉にアイラは驚きの声を上げる。


「何だと!? やっぱり魔物はこの国が!!」


 アイラはカノアの胸ぐらを掴んでいた手を放すと、何か考えるように小言を呟き始める。

 そして頭の中で整理が付いたのか、再びカノアに話し掛けた。


「んで、潜入してどうなったんだ?」


「どうやら半壊したらしい」


「半壊? まさかさっきの地震もお前がやったのか?」


「最後の方は良く覚えていないんだが、恐らくな」


「そういうことだったのか。この国じゃ地震なんて滅多に起きないから、嫌な予感がしてスラム中の地下水路に繋がってる扉を見て回ってたんだ。だが、その話を聞いて安心したぜ」


 カノアの言葉に、アイラは合点がいったと安堵の表情を浮かべる。


「あたしらスラムの人間は魔物を強く憎んでるんだ。その元凶を叩いてくれたってんなら感謝しないとな」


 前回の周回でスラムの人間が殺されたことを聞いていたカノアは、アイラの感謝を真摯に受け止める。


「ずっとここに居るわけにもいかないし、そろそろ行くか」


 アイラがそう言ってこの場を後にしようとすると、カノアがそれを制止する。


「ちょっと待ってくれ。途中からアイリの姿が見えなくなったんだが……」


 いつしか共に行動していたはずのアイリの姿はこの場に無かった。だが、アイラは特に心配する素振りは見せない。


「え? ああ、あの子なら大丈夫さ」


「そうなのか?」


「あたしなんかより余程賢いからな。上手いこと逃げて先に隠れ家に戻ってるはずさ。あたしらも衛兵に見つからないようにさっさと移動するぞ」


 アイラは随分とアイリのことを信用しているらしく、躊躇うことなく隠れ家へと向かった。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 アイラが建物と建物の隙間から少し顔を出して辺りを見回す。

 最初はカノアを筆頭に逃げ出したが、やはりスラム街の中とあればアイラが先導する方が間違いない。


「あいつらこんなところまで見張ってやがるのか」


 アイラの視線の先には衛兵の姿があった。


「他に道は無いのか?」


「隠れ家に戻るにはあそこを通らないといけねぇんだ。どうすっかな」


 そう言いながらアイラが顔を引っ込めると、カノアの背後から何かに足を引っかけたような物音がした。


「誰だ!?」


 アイラは物音にいち早く反応しさっと身構えると、見覚えのある盗賊の少年が息を切らしながら姿を現した。


「姉御! 探しやしたぜ!!」


「なんだお前か。もう少し静かに来いよな」


「あいつらに捕まってないようで安心しやした」


「ふん、あたしがそんなドジ踏むわけねーだろ」


 少年は近くに来てアイラに話し掛けた後、カノアにもゴマをするように話し掛けてくる。


「兄貴もご無事みたいで」


「兄貴?」


 急に少年から兄貴と呼ばれ、カノアは困惑する。

 だが少年はお構いなしとばかりにいやらしい表情を浮かべながら、今度はアイラに話し掛ける。


「しかし、姉御も隅に置けないっすね」


「何の話だ?」


 アイラも急に話を振られて、カノアと同じように困惑した表情を浮かべる。


「水臭いっすよ。男作ったんならあっしらにも教えてくださいよ」


 少年が何を言わんとしているのか理解したアイラは、見る見るうちに顔を赤くする。


「ば、馬鹿言うんじゃねぇ! こいつはさっき知り合ったばっかで――」


「ガキの名前とかはもう決めてるんですかい?」


 アイラは少年のデリカシーの無い発言に、無言で拳を振り下ろした。


「い、痛ぇ! やめてくだせぇ姉御!!」


「どいつもこいつも! これだから男ってやつは!」


 アイラは両腕を組むと、鼻息を荒くしてふんぞり返った。

 頭にゲンコツを喰らった少年は、殴られた箇所をさすりながらキョロキョロと辺りを見回す。


「そういえばアイリさんの姿が見えねぇっすけど」


「途中ではぐれたんだ」


 カノアが事情を説明すると、少年は焦ったように声を上げる。


「ヤバイじゃないっすか! 俺も一緒に探しやす!!」


 だがアイラはやはりアイリのことは心配無いと、落ち着いた様子で話題を変える。


「いや、お前には別のことを頼みたい」


「へ? 人手が多い方が見つけやすいのでは?」


「大勢で動くと見つかる可能性がある。それにアイリならあいつらの目を盗んでもう隠れ家に戻ってるさ」


「あー、確かにそうかもしれやせんね。ちなみにあっしに頼みってのは?」


 少年のその言葉を聞くや否や、アイラは何か悪いことを企んでいる笑顔を浮かべる。


「あ、姉御? なんか笑顔が怖いっすよ……」


 カノアはアイラが何を考えているのか察し、少年のことを気の毒に思った。

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