第64話『騎士たちの宴 #2』

「オヤジー! 邪魔しに来たぜ!」


「邪魔するなら帰れ、悪ガキめ」


 金髪の少女が勢いよく店の扉を開けると、頑固そうなオヤジが煙草を加えながら出迎えた。


「そう固いこと言うなって、こんな雨の中外に居たら風邪引いちまうぜ」


「馬鹿は風邪引かねぇから安心しろ」


「引いても気付かねぇだけで、馬鹿でもちゃんと風邪引くっつーの」


「偉そうに言うんじゃねぇ! ったく。ほれ、これでも飲んどけ」


 オヤジは湯呑に暖かいお湯を三人分淹れるとカウンター席に並べた。

 カノアたち三人はその湯飲みを一つずつ受け取り、並ぶようにして席に着いた。


「うぃー、暖まる。そいえば兄ちゃん、名前は?」


「俺はカノアだ。よろしく」


「あたしはアイラ。この子はアイリ。あたしの妹だ」


 カノアは、まるで初対面であるかのように自己紹介を交わした。


「そんで頼みを引き受ける代わりと言っちゃなんだけど――」


 何か企んでいるような笑顔を浮かべて、アイラはカノアに話を持ち掛けてくる。


「何を奢らされるんだ?」


「お、話が早いじゃないか♪」


「残念だが、あいにく手持ちが無くてね」


「またまたぁ。そんなお上品な服を着てて、金持ってないは冗談が下手だぜ?」


「この服は借り物なんだ。ポケットの中にも金目の物なんて――」


 そう言いながらカノアはポケットに手を入れると、何かが指先に当たる。


「どうした?」


 カノアはそれを取り出すと、研究所に入る前にエルネストから貰ったソフィアであることを思い出す。


「いや、これは何の役にも――」


「おいおいおい! 兄ちゃん、そいつをよく見せてくれ!」


 カノアがソフィアをテーブルの上に置くと、黙って話を聞いていたオヤジが目の色を変えた。


「こいつは驚いた。これは確かに古くて魔導具としてはもう使い物にならないが、希少な空のソフィアだ。売っ払えば良い金になるぜ」


 オヤジの驚き様から、カノアはそのソフィアに金銭的価値があることを理解する。


「三人の飯代くらいにはなるか?」


「馬鹿言うな。毎日腹一杯食っても一か月分くらいにはなるさ」


「一か月!?」


 オヤジのその言葉にアイラがガタッと音を立てて席を立つ。

 そしてゆっくりとカノアの背後に回ると、首に腕を掛けるようにして絡み始める。


「なぁカノアぁ、こいつであたしとアイリのこと養ってくれても良いんだぜぇ?」


 猫なで声のような柔らかい声を出しながら、アイラはカノアの服やズボンのポケットの中を探るように指先を入れ始める。


「夜になったら王都を出なくちゃいけないんだ。こいつはお前にやるから抱き着くな」


「ええー、いけずぅー。他にも色々持ってんだろぉ? な? ちょいとあたしに貸してくれたら高値で売り捌いてくるからよぉ」


 最早、座っているカノアを後ろから抱きしめるような姿勢になっていたアイラに対し、オヤジが揶揄うような言い方で笑い飛ばす。


「アイラ、良い男捕まえたじゃねぇか。ガキ作ったらちゃんと紹介しろよ?」


「なっ!?」


 オヤジのその言葉にみるみるうちに顔を真っ赤にするアイラ。


「ば、馬鹿! ガキなんか作らねーよ!!」


 アイラは慌ててカノアから離れると、席に座り直した。

 そしてカノアをチラチラ見ながらアイラは口ごもる。


「あ、あたしには、まだ、そういうのは早いって言うか。な、なぁ、カノア! お前からも何とか言って――」


「オヤジさん。そいつでドーナツも追加――」


「てめぇ! 無視すんな、コラ!」


「うぐっ!?」


 何事も無かったかのようにオヤジに話し掛けたカノアを見て、アイラは再び席を立つと今度は首を絞めるような形で後ろから腕を回した。


「がっはっはっ! 良いぜ、今日はひとまず俺の奢りだ。ドーナツも勿論出してやる」


 息の合った二人のやり取りに、オヤジも随分と上機嫌でドーナツを作り始める。


「ったく、あたし一人で騒いで馬鹿みてぇじゃねか」


「死ぬかと思った」


 アイラはカノアに掛けていたチョークスリーパーを解くと、拗ねるように席に座り直した。


「ほれ、とりあえず今出せる分は渡しといてやる。残りの金は今店に無いから、また取りに来てくれ」


 オヤジはカウンターの端にあった木箱からいくつかの金銭を取り出すとカノアに渡した。


「ありがとうございます」


 やがて三人の前にドーナツが差し出されると、アイラはカノアに問いかける。


「お前もドーナツ好きなのか?」


「え? あぁ、そんなところだ」


「そういうことなら遠慮なく。良かったな、アイリ」


 そう言うとアイラはニコっと笑ってアイリの頭を撫でる。


「うん」


 小さい声で頷くと、アイリはドーナツを一口齧った。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 カノアたちが店の外に出ると、雨はすっかり止んでいた。


「いやぁ、食った食った! こんなに腹一杯食ったのは久しぶりだぜ! ありがとよ、カノア!」


 満足そうにお腹をさすりながらアイラはカノアに感謝を述べた。


「そんじゃ夜まではあたしらの家に――」


「た、大変だあああ! 姉御おおお!!」


 良い雰囲気に水を差すようにして現れた盗賊の少年に、アイラは怪訝そうな視線を向ける。


「何だよ。良い気分だったってのに」


「なんか衛兵のやつらがスラムの方に押しかけて来てやす!!」


「何だって!?」


「なんでも姉御くらいの年の黒髪の子供を探してるそうで……」


 盗賊の少年の言葉にその場に居た全員がカノアに視線を向ける。


「お前、衛兵に追われるとか何やらかしたんだ?」


 アイラが呆れたようにカノアに話し掛けると、遠くの方から衛兵たちの声が聞こえてくる。


「居たぞ! あいつだ! 仲間を連れているぞ!! もっと応援を呼べぇぇ!!!」


 カノアは一歩ずつその場から離れるように後ずさりをする。

 そしてアイラに向かって不敵な笑みを浮かべた。


「とりあえず先に謝っておくよ」


「……冗談だよな?」


 カノアは踵を返すと一目散にその場から走り出した。

 衛兵たちから既に仲間認定されたアイラたちもその場に居ることの危険性を理解し、カノアを追いかけるように走り出す。


「あたしらを巻き込むんじゃねぇぇぇ!!」


 雨上がりのスラム街にアイラの叫び声が響き渡った。

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