第59話『ダモクレスの盟約 #2』

「さぁ、そろそろ幕引きと行こうか。お前らをまとめて捕まえればケセド様の寵愛を得ることが出来る。想像するだけで昂ってくるよなあああ!! 【ローグミ・スト・エダフォス】!!」


 カリオスは雄叫びにも似た咆哮を轟かせると、カリオスを中心に周囲の床が割れ、隆起した地面が迫るようにティアたち襲い掛かる。


「きゃっ!!」


「ぐわっ!!」


 その隆起した地面はカノアを避けるように壁まで波及すると、ティアとエルネストを飲み込み壁に打ち付けた。


「ティア!! エルネスト!!」


 二人とも隆起した地面と壁の間に挟まれぐったりとしている。

 まともに受けた衝撃のせいで、ダメージは決して軽くは無いことが二人の様子から見て取れた。


「ひゃーはっはっは! お前たちじゃあ抗えないほど、運命ってのは残酷に出来ているんだ!! さっさと諦めろよなあああ!!」


 カリオスはこの場の勝者が誰であるかを宣言するかのように高笑いを響かせる。


 日本での最後の記憶。初めてティアと出会った森の中。街道。噴水広場。そして、惨劇を目の当たりにした孤児院の襲撃。

 カノアは必死になって運命に抗うも、その全てにおいて自身の無力さに打ちのめされてきた。


 だがティアという少女に出会い、その強さに心が惹かれた。森の中ではカノアを庇い、街道でも魔物に襲われている所を救ってくれた。そして噴水広場ではソフィアすら持たずに魔獣へと立ち向かった。

 

『――神様を殺してほしいの』


 今再び、少女の声が頭の中にこだまする。

 だがカノアは憎しみに心を支配されることは最早無い。

 ティアの勇姿を近くで見て来たカノアは、いつしかという病を克服していた。


「ああ、良いさ。神だろうと運命だろうと、こんなクソみたいなシナリオは俺がぶっ壊してやる!」


 ティアもエルネストも戦闘不能に陥ったこの状況でカノアは不敵に笑った。


「シナリオをぶっ壊す? ひひっ、そいつは面白い! だが、ただのガキが勢いだけで事を成し得るほど、運命ってのは甘くねぇんだよ!!」


 それに呼応するかのようにカリオスは怒号を上げる。

 そして力の差を見せつけるかのように口から先ほどよりも大きな火球を発射する。


「ぐっ!!」


 カノアは咄嗟に身を翻し、カリオスの作った地面の隆起に身を隠して火球の直撃を避ける。


「ひゃーはっはっは! そんなザマでどうやって運命に抗う気だ? 所詮お前には何も成すことは出来ない! ! 惨めな思いで今日という日を繰り返すが良いさ!!」


「明日が訪れない……?」


「ああ、そうさ。それが定められた――」


 ――条件は満たされた。


「誰だ!?」


 カリオスの声を遮るようにカノアに声が届く。


「……あ? 何だ急に?」


 カリオスは、急に何かに意識を削がれたように辺りを見回すカノアに違和感を抱く。


「まさか追い込まれ過ぎて幻聴まで聞こえ始めたか?」


 カリオスが皮肉を投げ掛けるも、カノアの意識は声の主に向けられていた。


 ――資格を持つ者よ。


「この声はあの時の――」


 ――今こそ我が盟約を果たす時。


「盟約……?」


 ――今一度問おう。汝、何を求める。


「俺は……」


 カノアは目を閉じ、自分の心と向き合う。

 自分がこの世界で何を見て、何を感じ、何を信じるべきか。

 広い砂漠に落とした一粒の宝石を探すように、己の心の在りかを探す。


「俺は既に力を持っていた。だが、それだけでは足りなかったんだ。大いなる力には大いなる責任が伴う。ましてや神や運命に立ち向かうのであれば、力に溺れていては何も成すことは出来ない」


 そしてカノアは自分の答えを見つける。


「必要だったのは。だが、それは誰かに求めるものじゃない。自分自身で手に入れなければならないものなんだ!」


 ――良き答えだ。我が盟約により、その力を解放する。


 その言葉の後、カノアは自身の体の変化を感じた。

 内側から込み上げてくる熱いもの。

 だがそれは今までに感じたような黒く濁った感情ではない。

 熱く、体中を満たすような。

 何物も恐れず、ただ真っ直ぐに先を見据えるような。


「なんだ!? お前何をしている!?」


 カノアのそのは決して内面だけのものでは無かった。

 カリオスは、カノアの体を覆うような光の渦を見て驚嘆の声を上げた。

 それを見ていたティアも何が起きているのか分からず、ただ見つめるしか出来なかった。


「カノア……いったい何が……」


 やがてその光が拡散するように弾けると、中からカノアが姿を現す。

 髪は白く、背中にも純白の翼。だが全身に纏うは死神を想起させる

 その姿は天使のようで、悪魔のようで。


「アリス……様……?」


 ティアはその姿に、伝承される賢者の名を口にした。


「アリス? ふざけるな!! そんな訳が――っ!?」


 カリオスの言葉を遮る様に何か黒い影が襲う。

 それはカノアの手から伸び、カリオスの全身を蝕むように締め上げた。


「ぎゃあああ!!」


 実体を持たぬ闇をはぎ取ろうとカリオスが叫びながら全身を掻きむしる。

 だが虚空を掴むように、カリオスの手は闇をすり抜け続けた。


「我が盟約の下に、神の作りしこの運命を断ち切る!」


 カノアの口にしたその言葉は、カノア自身の言葉とは思えない程に冷たい。そしてそれは、審判を下す冷徹な死の宣告のように告げられた。

 カリオスを締め上げていた闇がカノアの手に戻ってくるように集約すると、足元に巨大な魔法陣が生成される。


「な、何? 地震!?」


 魔法陣の展開と共に突然起きた地震は、ティアたちを壁に抑えつけていた隆起した地面を崩壊させていく。

 少しずつ音を立てて揺れを強めていくと、その脅威はやがてキュアノス王国全土にさえ届いてしまいそうなほどの衝撃を生んだ。


 カノアの手に集約された闇、そしてそこにが混ざり合う。

 そしてカノアは闇と光で出来た巨大な鎌のようなものを構えると、自身の頭に響く声に合わせて破壊の審判を下す。


 ――唱えよ。その力の名は――、


「リフレイン!!」


 カノアは両腕を振るい、運命を繋ぎ止めていた鎖を断ち切るように虚空を切り裂いた。

 人間では体感出来ない、ほんの一瞬の出来事。

 だが世界にとっては永遠とも呼べる程、長い時間。






 世界中から全ての音が消えた。






「……母さん……」

 

 カノアは薄れゆく意識の中で、懐かしい声を聞いた気がした。

 カノアの漏らした言葉に追随するように、壁や天井の崩れる音が遅れて響き渡る。

 そして建物が崩壊の旋律を奏でるように、カノアの意識も次第に崩れていく。


 ――ダモクレスの盟約により、力は解き放たれた。


 ――大いなる力には、大いなる責任が伴う。


 ――お前自身のその言葉、ゆめゆめ忘れるな。


 カノアの意識に語り掛けて来たその声が消えると、同じようにカノアも意識を失った。

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