第57話『反撃の交響曲 #2』

 カリオスが入って来た扉から出て行くケセドたちの姿が見える。

 ただその状況を受け入れるしか出来ないカノアは自身の無力さを痛感させられる。

 だがケセドが扉から出て行き、グリマルディも続いて扉から出ようとしたその時、カノアはグリマルディが自分に視線を送っていることに気が付いた。


(なんだ……? 村長はどうして俺のことを見て――)


 グリマルディはカノアが自分の視線に気が付いたことを確認すると、服の内側からピエロの模様が描かれたうさぎのお面を取り出して顔に着けてから出て行った。


(あのピエロ模様のお面は孤児院襲撃の時の! だが、一体どういうことだ。何故わざわざ俺にそれを見せた!?)


 何か意味のある行動だと察したカノアは、言葉には出さないように思考を巡らせる。

 だがそれは、肩にポンっと置かれた手によって遮られる。


「随分と余裕じゃねぇか? てめぇ一人でこっちは二人。勝てると思ってんのか?」


 いつしかエルネストは立ち上がり、カノアの元へと歩み寄っていた。

 口では威勢の良いことを言っているが、カノアの肩に置かれた手に入る力の具合から言葉ほどの余裕は無いことが伺える。


「はっ! 怪我人が何ほざいてやがる」


「こんなの屁でもねぇさ」


 エルネストは気丈に振る舞っているが、カリオスもおおよその状態は察しているのだろう。

 その様子を嘲笑いながら、胸の内側から何かを取り出した。


「くくく、お望み通り一対二でやってやってもいいが、ここはもうちょっと楽しもうじゃないか」


「なんだそれは?」


 カリオスが取り出したのは試験管のようなものだった。

 中にはどす黒い液体が半分ほど入っており、蓋になっていたコルクを外すとカリオスはその場に居た研究員たちに液体を浴びせる。


「魔獣ってのはなぁ、こうやって作るんだ!! 楽しもうぜ、お二人さんよおおお!!」


 液体を掛けられた研究員たちが苦しみ出す。

 液体が触れた肌の部分から変色していき、次第に体全体に広がっていく。


「「う、あああああ!!!」」


 変色の広がりと比例するように研究員たちの呻き声も大きくなっていき、やがて先ほどの女と同じように、異形の魔物へと変貌を遂げた。

 そしてその様子を見て、カノアはある可能性について言及する。


「まさか、村やスラム街に現れた魔獣もお前が!?」


「ん? ああそうか。お前はあの魔獣たちを殺しているんだったな。ひひっ、村のやつの名前は何と言ったかな? 確かリガス――」


「カリオス!!」


 知っている名を聞かされ、心臓が締め付けられるように痛んだカノアは、それを抑えつけるようにカリオスの名を叫ぶ。


「ひゃーはっはっ!! 俺とやりたきゃまずはそのガラクタどもを始末して見せろよ!」


 二体居る魔物は、カリオスの言葉に反応するようにカノアとエルネストにそれぞれ襲い掛かる。

 エルネストは先ほどのダメージが残っているようで攻撃を防ぐのがやっとの様子。

 カノアはダメージこそ負っていないものの、やはり戦闘経験が浅く思うように体が動かない。


「くそ、逃げているだけじゃ……! そうだ、風の魔法を使えば!」


 逃げながらも思考を整理し、街道での移動やスラム街でのアイラの戦いを思い出し風魔法で体を補助する。


「アイラ、技を借りるぞ」


 そう言ってカノアは風のオーラを纏うと、体と風が一体になったように素早く移動を始め、魔物の攻撃をすり抜けるように交わしていく。


「よし、これで早く動ける!」


 カノアがそう言うと、様子を見ていたカリオスが何か違和感を覚えた様に呟いた。


「ん? あいつ今……」


 だがその違和感の正体を掴み切れないまま、カリオスは何か吟味するようにカノアの戦いを眺めている。

 カノアも、避けることは出来るが直接の打撃などは未経験のため距離を保ちながら一進一退がやっとといった様子だ。


「狙いが定まらないなら直接叩き込んでやるさ!」


 カノアはスラム街で身につけた、唯一まともに使えると言っても良い攻撃用の魔法を魔物に対して放つ。


「【ネオランビス・アスティル】!」


 カノアの魔法の対象となった魔物が体全身の骨を砕きながら収縮されていく。

 そしてサイズが半分近くまで圧縮されたかと思うと、急激な肥大化と共に爆発を起こす。


「ぐぎゃあああ!!!」


 方向のような断末魔と共に魔物が四散した。



「へぇ、空属性を使えるのか。思ったよりやるじゃないか」


 カノアの戦いを見ていたカリオスが感心したように言葉を零す。


「よし、これでエルネストの援護に!」


 自身の戦いを勝利で飾り安堵したのも束の間。

 カノアが振り向くと、エルネストは全身に傷を負いながら魔物の猛攻撃を受けている。


「エルネスト!!」


 カノアは急いで助けようとするが、魔物の振り上げた腕はエルネストの命を奪う勢いで振り下ろされた。


「くっ、避けられねぇ!」


 自身の命が消えゆく気配を感じ取ったのか、エルネストはただ迫りくる脅威に視線を預ける。


「【ミク・アネモス】!!」


 何処かから声が聞こえて来たかと思うと、魔物は頭部に何か衝撃を受けたようにバランスを崩して倒れた。

 カノアは声のした方向を振り向くと、ケセドたちが出て行った扉の前にティアが立っていた。


「ティア!? どうしてここに?」


「よく分らないけど、牢屋みたいなところに入れられてて。そうしたら黒いローブを着た女の子が助けてくれたの」


「助けてくれた!? それに女の子? 大人の女じゃなくてか!?」


「ん? よく分らないけど同じくらいの年の子だったよ?」


「よく分らないがあいつらと入れ違いになったのなら幸運だ!」


 バランスを崩していた魔物が体制を立て直し、再度エルネストに猛攻を仕掛けようとする。

 だが、ティアの加勢により一番の懸念材料が解消された今、カノアもエルネストも自分では気付かないうちに心に余裕が出来ていた。


「【ミク・フローガ】!」


「ギャアアア!!!」


 エルネストは得意とする火属性の魔法で魔物の顔を焼き払う。

 魔物は炎を振り払うように手で顔を掻き毟るが、炎は勢いを増す。


「カノア、今だ!!」


 エルネストの声に合わせてカノアも瞬時に魔法を放つ体制を取る。


「【ネオランビス・アスティル】!」


 先ほどまで脅威を振りまいていた魔物は燃え盛りながら爆発し、絶命した。

 カノアの元に巨体を引きずるようにエルネストが歩み寄り、同時にティアも機敏な動きで傍に集まる。


「これで形勢逆転だな」


 カノアは今までの仕返しとばかりに、カリオスを見下すような声で煽る。


「あんまり調子に乗るんじゃねぇぞクソどもが」


 自身の娯楽を潰された、とカリオスは静かに怒りを見せ始めた。

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