第55話『アポカリプス機関 #2』

「何だこの臭いは……」

 

 広く白い箱の中のような部屋に充満していた悪臭がカノアの鼻腔を刺激した。

 その悪臭は部屋の至る所で肉塊となった動物たちから発せられており、その血だまりの一つにボロボロになった布をまとっただけの女が、怯えるように座り込んでいた。


「た、助けて!!」


 カノアたちに気が付いた血まみれの女が、床を這うように近寄ってくる。


「何があった!?」


 エルネストも駆け寄り、女にこの状況の詳細を聞こうとする。


「気が付いたらこの部屋に居て、一緒に居た動物たちが急に魔物に変わって殺し合いを始めて……」


 女は恐怖で震えている。

 余程恐ろしいものを見たのだろう。エルネストに懇願するように話すも、女の焦点は壊れたセンサーのように視点が定まらない。

 カノアたちが女を介抱していると、カノアたちが入って来た扉と反対側に有った扉が開いた。


「よぉ、よく来たな」


「カリオス!!」


 扉を開けて入ってきたのはカリオスだった。

 カノアはその姿を見るなり怒りが油田のように湧き出てくる。


「カノア、誰だあいつは」


 エルネストがカノアに問いかける。


「俺を何度も襲ってきたやつだ」


 カノアたちが言葉を交わしていると、カリオスが拍手をしながら近づいてくる。


「どうやってここまで辿り着いたか分からないが、褒めてやるよ!」


「ふざけやがって!!」


「おいおい、怒るなよ。褒めているんだぜ?」


 このままではまたカリオスにペースを握られると思ったカノアは、怒りを抑えつつ冷静に言葉を選ぶ。


「お前たちの目的は何なんだ?」


「ん? お前も関係者なら理解しているんじゃないのか?」


 前回もカリオスの口から出て来た「関係者」と言う言葉。

 だが、心当たりの無いカノアは沈黙を貫く。

 それを見てカリオスはニヤッと笑い、煽るように自分たちの正体をひけらかす。


「俺たちはアポカリプス機関。お前らが大好きな魔物や魔獣を作っている世界最高の組織さ!」


 その言葉を聞き、今度はエルネストが怒りを露わにする。


「やっぱりてめぇらが大魔戦渦マギアシュトロームの元凶なんだな!? 何の為にあんなことをしやがった!?」


 横槍を入れる形で話に割って入って来たエルネストに、カリオスは蔑んだ目で答える。


「そんなことお前に言っても理解出来ないだろ? 関係者でもないくせに」


「関係者? カノア、さっきから一体あいつは何を言ってやがる!?」


 エルネストはまるで相手にされないことにも苛立ち、カノアに説明を求める。

 だが、やはり心当たりの無いカノアはその質問に対する答えを持ち合わせていない。

 それを見てカリオスは、カノアたちの関係性が悪くなるような言い方で更に煽る。


「何で黙っているんだ? そこのデカ物にさっさと教えてやればいいじゃないか。自分はお前たちの国を滅ぼした奴らの関係者だってな。ひひっ」


「なんだと!? カノア、てめぇやっぱり――!!」


「ふざけるな! 俺があいつらなんかと同じなわけがないだろ!!」


 カリオスの言葉に踊らされ、互いに怒りのボルテージが増していく。

 だが、自身は無関係であると言い放ったカノアに対し、カリオスが疑問を呈す。


「おや? お前、前回日本がどうとか言っていたが、関係者じゃないのか?」


 何かを探るように質問をしてきたカリオスにカノアも思慮を深める。


(こいつはやはり俺と同じ日本から来たやつで間違いない。こいつからもっと情報を引き出さないと――)


 カノアたちが言葉をぶつけ合っていると、自分たちに助けを求めて来た女が急に苦しみ出す。


「う、うあああ!! 痛い、痛いいい!! 助けてえええ!!!」


「おい、どうした!?」


「ちっ、また失敗かよ」


 カリオスは苦しみ出した女を見て、呆れたように言葉を投げ捨てた。


「失敗? お前は一体何を――」


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


 一緒に居た女の体が断末魔のような叫び声と共に、異常なまでに膨らみ始める。

 肥大化していく体に耐え切れず、体のあちこちが裂けて血が吹き出ている。

 やがて数秒の後に、女は人間から魔物へとその変貌を遂げた。


「ギャアアアアァァァ!!!」


 魔物となった女はけたたましい咆哮をあげた。


「な!? てめぇまさか!!」


 エルネストはカリオスを睨みつけるも、魔物となった女が一番近くに居たエルネストに襲い掛かる。

 エルネストは間一髪のところでそれを回避し、反撃の姿勢を見せる。

 だがそれを見たカノアがエルネストを制止する。


「エルネスト! 相手は人間だぞ!」


「あれを見てまだ人間だと言えるのかよ!?」


 皮膚の色は赤黒く、所々に突出したトゲのようなものが生えている。

 女の体は既に人間だったことを忘れているかのように、歪な獣の姿をしていた。


「話の続きは生きて居られたらにしようか。ひひっ」


 カリオスはその光景を楽しむかのように、開戦の宣言を吐き捨てた。

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