第53話『スラム街と地下水路 #2』

「ここが以前事件があったって地下水路か」


 エルネストは、オヤジから教えてもらった路地裏にある古びた鉄扉の前でそう言った。

 扉は錆びており、暫く開閉された形跡もない。

 鍵の心配などもしていたが、エルネストがドアノブを握りまわすと軋むような音を立てて扉は開いた。


「とりあえず中に入ってみるか」


 エルネストを先頭にカノアも扉の中へと続く。

 二人が中を見渡すと、まず扉から入ってすぐ下に降りる階段が続いており、降りた先から迷路のように地下水路が流れているのが見えた。

 カノアがゆっくり扉を閉めると、外からの明かりも無くなり一気に暗闇の世界が広がる。


「確かにこれじゃあ暗くて奥が全然見えねぇな」


 そう言うと、エルネストはオヤジから借りたランプに明かりを灯し、周囲を照らしながら足元にあった階段を降り始める。

 踏み外さないようにゆっくりと下まで降りると、今度は用水路沿いを道なりに歩く。

 暫くして、カノアは先ほどの会話で気になることがあったのでエルネストに話し掛けた。


「エルネスト、さっきのオヤジさんとの会話なんだが」


「あん?」


 エルネストは振り向かずに返事だけをする。


と言うのは何だ? それを聞いた途端、オヤジさんの警戒が解かれたような気がしたんだが」


「……お前、本気で言っているのか? 今時を知らない奴なんてこの世界に居るのかよ」


 エルネストは少し足を止めると、呆れたように言葉を零す。

 そもそもカノアはエルネストに自身のことをほとんど喋っていない。当然、日本から来たという話も、この世界の住人ではないということも。


『だって、信用してもらいたいなら隠し事してちゃダメでしょ?』


 ティアの言葉がカノアの脳裏をよぎる。


「ああ、分かっているさ。俺はもう、一人で抱え込んだりはしない」


「何だ急に? お前誰と喋って――」


 急な独り言を口にしたカノアに、エルネストは怪訝な表情を浮かべて振り返る。

 だが、その瞬間。カノアの頭上に浮かぶ紅い光が見えて、エルネストは慌てて臨戦態勢を取る。


「伏せろ!」


 そう言うとエルネストは持っていたランプを床に落とし、腕にはめていたソフィアに触れる。


「【ミク・フローガ】!」


 エルネストの手の先に炎が発生し、頭上から襲ってきたコウモリのような魔物を焼き払う。

 魔物は断末魔を上げ、燃えながら水路の中へと落ちた。


「ちっ、マジで魔物居るのかよ。だがこれでこの地下水路が研究所と繋がっているって話にも現実味が出て来たな」


 エルネストは首を鳴らしながら、水に沈んでいった魔物を眺める。


「エルネスト!」


 魔物を撃退し、少し意識がそちらに向いていたエルネストに、今度はカノアが声を荒げる。


「【ミク・アネモス】!」


 カノアの手から発射された風の塊が魔物の翼を撃ち抜く。

 コントロールを失った魔物はそのまま水の中へと墜落する。


「まだ居やがったのか」


 エルネストはそう呟くと、水面で暴れている魔物を火の魔法で丁寧に焼き払う。


「カノア、こういう狭い場所で風や土の魔法は使うな。地形が変わって天井が崩れる可能性がある」


 釘を刺すようにエルネストが告げる。そして――。


「――助かった」


 落ちていたランプを拾い上げると、エルネストはただそう呟いて再び歩き始めた。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 度々出くわした魔物などを撃退しつつ、二人は一時間ほど歩いたところで、地上に続く梯子を見つける。


「あそこから地上に出られるみたいだな。何処に繋がっているかは分からんが」


 エルネストはそう言いながら梯子の方に近付くと、周囲に地下排水用の設備が増えてくる。


「何だこの鉄の箱は?」


 周囲に増えて来た設備を見てエルネストが怪訝な表情を浮かべる。


「何かの装置か。だがこういった設備が置いてあるということはこの上は研究所に続いている可能性があるんじゃないか?」


 設備の数からして、恐らく梯子の先に人の居住する区画か、或いは何かの施設があることが予想される。

 カノアとエルネストの意見は重なり、二人で梯子を上ることを決めた。


「俺が先に行く。魔物が近づいて来たらお前が処理しろ」


 エルネストはカノアにそう告げて、ランプを口で咥えて梯子に手を掛ける。

 カノアは周囲を警戒しつつ、エルネストが上まで行くのを待った。


「よし、問題ない。お前も上がってこい」


 そう言うとエルネストはランプを手に持ち上から梯子を照らした。

 カノアはもう一度周囲を警戒してから、頭上にあるその光を目指して一段ずつ梯子を上がる。

 頭上に輝くその光は自身の行く末を照らしているようにも感じられた。

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