第45話『神はサイコロを振る #2』

「あれ、二人してどうしたの? デートにでも行くの?」


 身支度が終わり、玄関で靴を履いていたカノアとティアを揶揄うように、ルカが声を掛ける。


「ちょっとイヴレーア辺境伯のお屋敷に行ってくるの。留守の間子供たちのことお願いね?」


「はーい」


 今まで孤児院を出発する際にルカに話しかけられたことは無い。

 ささやかに起きた変化すら、何かの兆しのようにも感じられた。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 天井から吊るされたシャンデリアが部屋を明るく照らしている。

 カノアとティアが大きめのソファーに並んで腰を掛け、イヴレーア辺境伯が対面のソファーに座りティアと談笑している。

 エルネストは壁際の椅子に座り、その様子を吟味するように一人腕を組んで座っているという状況だ。


(さて、何処から切り出すか)


 カノアはティアとイヴレーア辺境伯の会話の切れ目を待ちつつ、自身に起きていることをどう説明するか整理していた。

 そんなカノアの様子を見かねた辺境伯がティアとの会話に区切りをつけ話しかけてくる。


「さてカノア君。君は何を隠しているんだい?」


 突然の切り出しにカノアは時が止まったように体が硬直する。


「……え?」

 

 その思いがけない言葉に、カノアより先にティアが戸惑いの言葉を口から零した。

 辺境伯はカノアの返答を待つように、まっすぐと視線を向けている。ティアも口を閉じ、エルネストもその空気を察してカノアに視線を集める。


(やられた……。辺境伯が敵である可能性を除外していた)


 貴族である辺境伯なら村にも王都にも人を配置出来る。

 誰かにカノアを監視させて、研究所に関する話が出たタイミングで敵と判断して襲撃をすることも容易い。


(どうする。今はエルネストも居て、争いになったらまず勝てない。そしてここが辺境伯の屋敷である以上、逃げ出すことも簡単ではない。それにティアを置いて逃げるわけにも――)


「カノア君。そんなに怖がらないでくれ。脅かすつもりは無かったんだ。ただ、君は今何か危機に瀕しているんじゃないか?」


 カノアの様子から辺境伯は気を遣うように言葉を選んでいる。

 強張っていたカノアの顔も次第にほぐれていく。


「……どうしてそれを?」


 敵では無さそうだということに僅かに安堵はしたものの、そもそも何故その言葉が辺境伯の口から出てきたのかカノアには分からない。


「君には言っていなかったが、私には特別な力があるんだ」


「特別な力?」


「教えていいのか?」


 様子を伺っていたエルネストが口を挟む。


「構わないさ。確かに彼は我々に何か隠し事をしている。だけど、それは敵対じゃない。むしろ何か大切なものを守ろうとしてここに来た。違うかい? カノア君」


 辺境伯の何かを見透かしたような物言いに、カノアは観念したように胸の内を曝け出す。


「仰る通りです。すごい観察眼ですね。それとも何か魔法のようなものですか?」


「観察眼ではないかな。魔法とも少し違うんだけどね」


 辺境伯は少し笑いを含みつつ、カノアの質問に答える。


「君が先日この屋敷を訪れたときは我々に対する疑念が強かったように思う。だが、今の君からは敵意を感じない。むしろ、我々に協力するためにこの場に来たように感じている」


「ええ、その通りです。俺には伝えなければいけないことがあります」


 どこから話そうか悩んでいたカノアに取って、思いもよらぬ形で突破口が開いた。

 せき止めていたダムが決壊したように、カノアは自分の身に起きているループについて話し始めた。

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