第43話『神はサイコロを振らない #2』

「ここらで良いか。それで、お前は何なんだ?」


 騒動のあった通りを一つ奥に入り、路地裏にあった適当な木材にアイラは腰を下ろした。

 カノアも適当な廃材に腰を下ろし、アイリはアイラの横に腰を下ろす。


「俺は……、流れ着いたようなもんだ」


「お前も流れ者か。まぁここはそういうやつの集まりだから不思議は無いが」


 会話が始まると、一匹の黒い野良猫が歩み寄ってきた。

 アイラはその黒猫を抱きかかえて口を開く。


「あたしらも元々ここの生まれじゃない。そういう意味ではあたしらもこの猫も大した違いは無いようなもんだ」


 アイラは腕の中の猫の首元を優しく撫でる。

 満足そうな表情を浮かべたかと思うと、黒猫はアイラの腕をすり抜けるように飛び降りて、今度はカノアの膝の上に場所を移す。

 喉を鳴らしながら甘える様子を見てアイラがクスッと笑う。


「随分と懐かれているじゃないか。その猫知り合いか?」


「猫に知り合いなどいるか」


 他愛のないやり取りをしつつ、二人は場の雰囲気を和ませる。

 黒猫がお腹を撫でて欲しそうに仰向けになると、胸にあった白いワンポイントの模様が見えた。

 知り合いではないと言ったのも束の間、見覚えのある模様に一瞬ドキっとする。「まさか、な」と呟いてカノアは黒猫のお腹を撫でながら話題を変えた。


「しかし、抜け道を使ったらちゃんと塞ぐように言っておいた方が良いんじゃないか?」


「ん? どうして抜け道のことを――。まぁいいか、スラムの奴なら誰でも知ってることだ。けどあの魔獣は抜け道から入ってきたわけじゃないぞ?」


 予想外の答えが返ってきたのでカノアは疑問を投げかける。


「どういうことだ?」


「抜け道は内も外もしっかり塞いであった。何処から入ってきたかなんて、あたしが聞きたいくらいさ」


 アイラの疑問は最もだ。今回のスラムの件もそうだが、孤児院襲撃に関してもあんなでかい魔獣が村の正面から入ってくれば誰か気が付くはず。なぜ騒ぎになるまで誰も気が付かないのか。


「しかし普段は邪魔な城壁も、今日ばかりは有って良かったと思ったな。壁が無かったら逃げられてたかも知れないし」


 アイラは何気なくそう言うと立ち上がり、騒動のあった通りへと足を運ぶ。


「ちょっと気になることがあるからあいつらに話を聞いてくるよ」


 そう言い残しアイラは居なくなったが、ポツンと取り残されたアイリを見てカノアはその場に残る。


「壁が無かったら、か……」


 例え壁が無くとも、今のカノアであれば魔獣を仕留めることは出来たかもしれない。

 だがカノアはアイラのその言葉が耳に残った。

 もしこれが、魔法を使えない人間だったら。その人間たちを襲うために魔物や魔獣が放たれたとしたら。


「まさか、城壁や村の囲いが? もし、魔物が外から来る存在ではなく?」


 途端、孤児院での惨劇が記憶の片隅から掘り起こされる。

 人体実験の被害者がティア一人ではなく、そもそも村人全員だったとしたら。いや、この国の民全てが実験の対象だったら。


『最近この国で人や動物を使って魔物を作る実験が行われてる、っていう噂を聞いたの』


 夜の森でティアから聞いた言葉が脳裏をよぎり、カノアは自分の思い違いであって欲しいと強く願う。


「すまない、急用ができた。アイラにはご飯をご馳走出来なくてすまないと伝えてくれ」


「……うん」


 アイリにそう言い残すとカノアはその場を急ぎ離れようとする。

 寂しそうな顔をするアイリに、カノアはもう一言付け加える。


「もしまた会えたら必ずご馳走するよ。約束だ。勿論ドーナツも追加で、ね」


「え?」


 そう言い残すとカノアは城門のある街の方に走り始めた。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 城門を目指しながらカノアは自身の考えを整理する。


「襲撃の理由はやはり人体実験か? 森、街道、平原、メラトリス村、スラム街。魔物やそれを使役する人間たちは何か目的があって襲って来ているはず。奴らの真意を突き止めないと!」


 やがて城門に辿り着くと、昼間顔を合わせた衛兵を見かける。


「おや? さっきティアちゃんが出て行くのを見かけたけど、君は一緒じゃなかったのかい?」


「色々ありまして」


「はっはっはっ! 若いと色々あるからな! あんな可愛い子、泣かせるもんじゃないぞ?」


 そういうと衛兵はカノアを城門の外まで見送ってくれた。

 辺りの空は一面暗くなってきており、間もなくこの世界に夜が訪れることを知らせている。

 メラトリス村へと続く街道をひた走り、カノアはあることに気が付く。


「そういえば、今なら風の魔法も少しは使えるんじゃないか?」


 体が羽のように軽くなるイメージを働かせると、それに反応するように足取りも軽くなる。


「まだ上手く扱えないが、以前よりははっきりと効果を感じる。これは練習の成果が――」


 カノアは喜びの声を漏らした瞬間、視界が真っ赤に染まる。


「なん、だ……?」


 痛い痛い痛い。

 頭、首、胴体、手、足。鋭い痛みが体中を駆け巡る。

 当然走ることなど継続出来ず、バランスを崩して勢いよく夜の街道に体をバウンドさせた。


「もう少し、もう少しなんだ。必ず、俺がこのふざけた運命を、断ち、切――」


 その言葉を最期に、カノアの命は混濁の闇に沈んでいった。

 それから遅れるようにしてカノアに黒いローブを着た一つの人影が近付く。

 ゆっくりと、体を少し揺らしながら。一歩ずつ。












「えへへ、……カノア♡」


 静寂の夜に、翡翠の瞳が恍惚の煌めきを灯していた。

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