第62話『あなたに神の御加護があらんことを #3』
目の前で少女が恍惚の表情を浮かべて悶えている。
カノアは先ほど魔獣を一掃した姿と目の前の少女の姿重ね合わせて、何とも言えない複雑な感情を抱いていた。
「さ、冗談はこれくらいにしてさっさと逃げてくださいな♪」
少女はひとしきり満足したといった感じでカノアに話し掛けてくる。
「と、その前に」
少女はちょこちょこっと駆け寄ってくると、背後に回って背中に手を当てる。
「【あなたに神のご加護があらんことを】」
少女がそう呟くと背中に当てていた手が淡く光る。カノアは体に残っていた痛みや気怠さが次第に引いていくのが分かった。
「――ごめんね、沢山背負わせて」
少女はカノアに聞こえないような声で呟くと、背中から手を放した。
「ありがとう、体が随分と楽になった。それと、途中何か言ったか?」
「ううん。何でもない。髪の毛の色、戻ったね」
カノアはそう言われ自身の髪の毛を確認すると、視界の端に黒色の髪の毛を捉える。
「え? ああ、本当だ」
「うん、やっぱり君にはそっちの方が似合っているね。さぁ、早く仲間を追いかけて」
「いや、まだ聞きたいことが……」
だが少女は急かすように背中を押して催促してくる。
カノアはまだまだ聞きたいことがあったが、魔獣が迫っているということもあり、少女に感謝を伝えてその場を後にした。
「十字架を背負った子、か……」
カノアがその場から立ち去った後、少女がそう呟いた。すると、辺りに積もっていた瓦礫の陰からすっと旅装束の男が姿を現した。
「ホド様」
男はそう言うと、頭を下げ敬意を示す。
「やぁやぁ、旅の商人くん。こんなところまで来てもらって悪いね」
「お呼びとあらば何処へでも」
「君が大切なものを手に入れてくれたおかげで、こちらの計画も随分助かったよ」
「勿体無きお言葉。しかし、ホド様からあの少年に近付くように言われた時は意味が分かりませんでしたが、いやはや、今回の騒ぎで仰っていた意味がよく分かりました」
「うんうん、そうでしょ。情報と言うのはいつの時代、どの世界においても大切なものだからね。それを彼らより先に手に入れることが出来たのは大きな成果さ。君がメラトリス村から急いで持ってきてくれて助かったよ」
「身に余る光栄です」
ホドと呼ばれた少女の言葉に、男は再び頭を下げる。
「ところで、あの手鏡はちゃんと渡してくれたかい?」
ホドは念入りに確認するように商人に問いかける。
「ええ、もちろんです」
「なら後はあの子の手に渡るのを待つだけだね」
その言葉にホドはご満悦と言った表情を浮かべる。
そして何かを思い出したように、今度はいたずらな笑顔を浮かべた。
「それはそうと君はカノア君に最初会った時、ボクのことを怖い怖い公爵だと言っていたけど、遅れたらどんな罰を受けるつもりだったんだい?」
ホドのその言葉に商人は慌てふためく。
「き、聞いておられたのですか!?」
「聞いてなんかいないさ。でも知ることは出来るんだ」
「さ、流石、
「あっはっはっ。冗談だよ。少なくともボクはそんな人間じゃないさ。ボクは、ね」
ホドは商人の慌てる姿に笑いを零すと、別れの言葉を告げる。
「じゃあまた何かあれば報告よろしくね」
そう言ってホドは、暗闇の続く通路へと姿を消していった。
◆◇◆◇◆◇◆
寂れた路地裏に佇む、錆びた扉が軋んだ音を立てながら開かれていく。
やがて人一人通れるほどの隙間が出来ると、その隙間からカノアが顔を覗かせた。
「外に出られたか。この感じ、恐らくスラム街の何処かだと思うが――」
カノアは周囲に人が居ないことを確認すると扉から出てきた。
スラム街の寂れた路地裏だったこともあるが、それ以上に頭上から降り注ぐ雨が強かったことも人が居ない理由だったのだろう。
「この雨なら外を出歩く人も減っていそうだし、逃げるには好都合だ」
カノアは着ていた服の襟元を持つと顔を半分隠すように持ち上げて建物沿いを歩き始める。
だがその直後、背後から自身を呼び止める声が聞こえてきた。
「おい、お前! ……何で今、その扉から出てきた?」
カノアがゆっくりと振り返ると、物陰から二つの人影が近付いてくるのが見えた。
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