第61話『あなたに神の御加護があらんことを #2』
三人が地下水路の出口を目指して走っていると、周囲の壁がパラパラと音を立て始める。
そしてそのすぐ後に天井が大きな音を立て、ティアの頭上目掛けて落下してきた。
「ティア!」
ティアの後ろを走っていたカノアはいち早くそれに気が付くと、声を上げる。
「【ミク・アネモス】!」
カノアは落下してくる天井に風魔法を当て、その軌道を強制的に変える。
だがその衝撃で更に天井が崩れてカノアの目の間を塞ぐように瓦礫の山が積み上がる
「うそ……。カノア! カノア!!」
積み上がった瓦礫の向こうからティアの声が聞こえてくる。
「俺は大丈夫だ」
「ごめん、カノア。今すぐ吹き飛ばすから!」
「やめろ、ティア! これ以上魔法を使ったら今度こそ全員埋まるぞ!」
ティアの行動を抑止するように、エルネストの声が聞こえてくる。
「カノア聞こえているか? ここは地下水路だ。迂回すれば地上に出られる場所はいくつもあるはずだ」
少数とはいえ、一つの組織のリーダーをしているだけあってエルネストは冷静な判断を下す。
カノアもその合理的な判断に同意を示した。
「ああ、地上に出てから合流しよう」
「俺たちはヘロストの屋敷を超えた先にある大峡谷に向かう。だがこの騒ぎで国境の警備も厳しくなっているはずだ。大峡谷で待機して居る他の奴らと連携して、今夜暗闇に紛れて国境を超える」
エルネストは今後の計画について説明すると、少し沈黙した。
そして――、
「……必ず、お前も来い」
カノアはその声に、薄っすらと笑みを浮かべる。
「ああ、分かった」
瓦礫に進路を塞がれ互いの顔は見えない。
だが、カノアたちは互いにどういう表情を浮かべているのか想像出来た。
「カノア、絶対来てね! 待ってるから!」
その言葉を残してティアたちの足音が遠ざかっていく。
カノアは迂回するべくその場から踵を返した。
「俺も早く地上に――うっ!」
頭痛が酷くなり、頭を押さえてカノアはその場に片膝をつく。
「はぁ、はぁ。痛みが……治まらない……」
しかし事態はそれだけでは収まらない。
カノアたちを追うようにして、元来た道の方から人間とも魔物とも呼べない異形の姿をした肉塊たちが這い寄って来る。
そしてその内の一体に浮かび上がっていた顔のようなものから声が発せられる。
「助……けて……。殺……して……」
「こいつらも例の実験で……。すぐに、楽にしてやる」
そういうとカノアは自身が今使える魔法で一体ずつ消滅させていく。
だが魔法を使うたびに、カノアは頭に感じていた痛みが全身に広がっていくのが分かった。
「くそ、もう少し……なのに」
痛みに耐えきれずカノアはその場に倒れた。
そして救いを求めるように、異形の姿をした肉塊がカノアの元にその数を増やしていく。
「痛い……痛いよう……。早く、早く殺してえええ!!!」
異形の姿をした肉塊の一つが叫び声を上げてカノアに襲い掛かる。
しかしカノアは最早指先一つ動かすことは出来なかった。
「……すまない。ティア、エルネスト……」
カノアは二人の事を想い、
だがカノアが諦めかけた次の瞬間、周囲に居た異形の姿をした肉塊たちが断末魔を上げて全て消し飛んだ。
そして何処からか、カノアの意識を繋ぎ止めるように少女の声が聞こえて来た。
「随分とお困りの様だね♪」
「……誰……だ?」
カノアは全身の痛みで瞼を開けることすら苦痛を伴った。
うっすらと開かれた視界の端に、黒いローブ姿の少女が映る。
「お前……そのローブは……」
カノアは全身の痛みを感じながらも、敵意で己を奮い立たせるように最後の力を振り絞り、片手を上げてその少女に向ける。
「待って! 違う違う!」
慌てた様子で少女は敵意が無いことを示す。
そしてカノアの元に歩み寄り、何か治療のような魔法を施すと、カノアは体から痛みが引いていくのが分かった。
楽になった上体を起こし、カノアは少女と言葉を交わす。
「俺のことを捕まえに来たんじゃないのか?」
「そりゃボクたちとしても君みたいな貴重なそざ、ゴホン、貴重な存在を手放すのは惜しいけどさ」
「……今素材って言いかけなかったか?」
「キ、キノセイダヨ。……とりあえず、今君に死んでもらうと色々と困るんだ」
そういうと少女は上体だけを起こしているカノアに視線を合わせるようにしゃがみ込む。
「こうやって会うのは二回目だね」
「二回目?」
「スラム街で会ったじゃない」
「あ……。あの時魔法を教えてくれた……」
「思い出してくれたみたいだね」
「ああ。だが、それを覚えているということは、君もこの世界がループしていることを知っているんだな?」
「そうだよ」
「君たちは何なんだ? どうして俺のことを襲ってきた? どうしてティアのことを狙っている? どうして――」
「ちょ、ちょっと待って、そんないっぺんに聞かないでよ!」
少女は慌てた様子でカノアの言葉を遮る。
「君は君が思っている以上に、この世界において重要な役割を担っているんだ。まだまだ君は知らないことが多いけど、君が賢いことも重々に理解したよ。考察に考察を重ね、自力でこの世界の謎に近づいたんだからね」
「世界の謎?」
「でも、まだまだ足りない。今の君では今日を満足に生きることすら難しい。今のままでは今回も死んで終わっちゃうだろうね」
少女はいったい何を知っているのだろうか。敵意が無い以上、聞き出せる情報は一つでも多く引き出す必要がある。
「何故俺のことを助けるんだ? わざわざ助けなくても、またループすれば元に戻るんじゃないのか?」
「そうもいかないんだよねぇ」
少女はそういうと難しそうな表情を浮かべて腕を組む。
「何故だ?」
「何故って、今回のループは君が断ち切ったじゃない」
「ループを断ち切った? どういうことだ?」
「君のあれは魔法であって、魔法じゃない。今は未だ、そのことを他の奴らに知られるわけにはいかないんだ。そのためにボク自らが危険を冒してまで君の所に来たんだからね」
「魔法じゃない? それは一体――」
通路の何処かから咆哮が聞こえる。
それは先ほどまでの異形の姿をした肉塊が放つ呻き声のようなものでは無く、メラトリス村の旧噴水広場で聞いた魔獣のような轟き。
「ごめんね、詳しく説明している時間は無いんだ。こうして君と話しているところを誰かに見られるだけでも面倒なことになるの。とりあえず魔獣もたくさん来てそうだし、ループが途切れた今、君に死なれると困るからさっさと逃げて欲しいんだ」
そういうと少女は立ち上がって辺りを見回すと、背後にあった通路の一つに目を向ける。
カノアも同じ通路に目を向けると、暗闇から複数の魔獣たちが勢いよく姿を現した。
カノアは慌てて立ち上がると臨戦態勢を取る。
「魔獣があんなに……」
一体だけでもどれほどの死を乗り越えて倒せるようになったか。カノアはその魔獣が複数現れたことに絶望を隠し切れない。
だが――。
「な!?」
少女は素早く魔獣の群れに突っ込むと、目にも止まらぬ早さで魔獣の攻撃を
カノアがその様子を呆然と見つめていると、僅か数分も経たぬうちに少女は全ての魔獣を消滅させた。
息一つ切らさぬ様子で、少女は再びカノアの元へと戻って来る。
「ふっふっふ、こう見えてボク結構強いんだよ? この地下水路には、まだ魔獣が多く放たれてる」
そう言うと少女はビシッと決めポーズのようなものを取る。
「ここはボクに任せて先に行きな!」
だが我慢し切れず、体をくねらせて恍惚の表情を浮かべた。
「……キャー! 一度こういうセリフ言ってみたかったんだよねー!」
何か自己満足に浸っているようだが、魔獣を一掃したその実力は間違いなく本物だった。
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