第41話『ザ・ティア・イズ・ライク・ア・クレシェンド #3』

 カノアの質問に答えると、年長の衛兵は若い衛兵たちを連れてママと共に歩き始める。


「それじゃあ二人はゆっくり王都を楽しんでくれたまえ!」


「二人とも暗くなる前には帰って来てくださいね~」


 そう言ってママは複数の護衛に守られながら城門の方へと歩いて行った。


「……何だったんだ、今のは」


「ママは王都でも人気だから、困ってたらすぐに助けに来てくれるの」


 何処かのVIPのような扱いに恐怖すら感じるが、これで心置きなくスラム街へ向かえると胸を撫でおろす。

 だがティアを見たとき、カノアはその異変を感じ取った。


「ティア?」

 

「……ねぇカノア、どうしてスラム街の場所を聞いたの?」


 ティアは少し距離を取るようにして何かを伺っている。


「研究所に繋がっているかもしれない場所がスラム街にあるんだ」


 カノアがそう答えると、ティアは余計に懐疑的な表情を浮かべる。


「どうしてカノアがそんなことまで知ってるの?」


「それは……。スラム街に着いたら、じゃダメか?」


「ここで言えないことなの?」


 困惑するティアの表情は、今にも不安に押し潰されそうになっている。そんなティアを見て、カノアは一度頭を切り替える。


「いや、いきなり来てくれっていうのも確かに配慮に欠けていたな。すまない。知り合い、が居るんだ。そいつに会えば研究所への道や城壁の抜け道についても色々と教えてくれるはずだ」


「……信じて良いんだよね?」


 恐る恐るティアはカノアの傍に歩み寄り、二人はスラム街へと向かって歩き始めた。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 石造りの街並みから随分と景色が変わってくる。

 周囲の道にはゴミが散乱し始め、建物も石造りのものから簡易的な骨組みに木板やトタンなどを組み合わせた家屋が増えてきた。

 カノアはその道を慣れた様子で奥へと進んでいく。


「ねぇ、カノア。やっぱり帰ろ?」


「ここまで来てどうしたんだ?」


 進むに連れて不安が大きくなっている様子のティア。

 だが、もう少しでティアと諸悪の根源の情報を結び付けられる。そうすればティアやエルネストと協力してこの運命の連鎖を断ち切ることが出来るかもしれない。

 カノアはその逸る気持ちが次第に大きくなっていた。


「私ね、カノアのこと信じてるよ? でも、やっぱりちゃんと聞いておきたいの」


 何かに踏ん切りをつけたようにティアが話始める。


「カノアって王都に来るの初めてじゃないの? それにスラム街って王都の人でも普段入らない区画だよ? どうしてこんなに慣れた感じで歩けるの?」


(ティアは俺がループしていることを知らない。当然の疑問だ。だがどう説明したら信じてもらえる? 正直に話したら信じてもらえるか?)


 カノアはティアの言っていることに理解を示しつつも、それに対して納得のいく答えを出せずにいた。


「ねぇ、もしかしてカノア記憶が戻って――」


 ティアの声を遮るようにして、何処かから男たちがの怒号が聞こえてくる。

 カノアは前回と変わらず騒動が起きたことでいち早くその原因を察した。


「例の魔物か!? 早くいかないと――」


 城壁の位置から抜け道があった方向に見当をつけ現場に駆け付けようとする、が――。


「……どういうこと、カノア?」


 カノアはその言葉に振り向くと、ティアが距離を取っていることに気が付く。


「ティア?」


「スラムの方に魔物が居るって……。何でカノアにそんなこと分かるの?」


 もはや疑いの方が大きくなってしまったと言える決定打。

 抜け道、研究所、そして魔物の出現。これらを事前に知っていたとなれば導かれる答えは限られてくる。


「違う、ティア。君は何か勘違いをしている!」


 言い聞かせるように語気を強めるが、それはかえって逆効果にしかならない。カノアも頭ではそんなことは分かっているが、急を要する事態に冷静さを欠いていく。


「勘違い? 王都に来たこともないカノアが抜け道のことやスラム街のこと知ってて、それに魔物が出ることまで知ってて私をそこに連れて行こうとしてたんだよね?」


「落ち着いてくれ。ちゃんと話をすれば分かってもらえる。だが、今はゆっくり話をしている時間が無いんだ。俺を信じて一緒に来てくれ」


「私、カノアのことずっと信じてたよ? もしかしたらカノアは実験の被害者かもしれない。でも私が昔見たような人の姿をした魔物とは違う。一緒に話したり、一緒に過ごして優しい人だってのも分かった。それなのに、どうしてこんなことするの?」


 カノアが一歩歩み寄ると、ティアは一歩下がる。その詰まらない距離は、見た目以上に遠く感じられた。


「ティア、待ってくれ。俺は――」


「ごめん、私村に戻らないと――」

 

 立ち去る前に見たティアの目には涙が浮かんでいた。

 その涙はカノアの心を蝕むように侵食していく。


『だって、信用してもらいたいなら隠し事してちゃダメでしょ?』


「……どうして今頃思い出すんだ」


 互いの幼少期のこと、過ごしてきた時間、そしてティアの決意。

 旧噴水広場での会話の記憶はティアの中に存在しない。


「情報か信用か。どちらかを得ると、どちらかは失われる。この地獄のような運命からは逃れられないのか……」


 はだんだんと強くなる。

 スラムの一角に取り残されたカノアは孤独に晒されていた。

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