第38話『泡沫の勝利 #2』
騒ぎのあった付近から闇市場まで逃げてきたカノアたちは、アイラの行きつけだという飯屋に居た。
「魔物を退治した褒美に今日は俺の奢りだ。じゃんじゃん食ってくれ」
飯屋のオヤジはそう言いながら、気分良さそうに鍋を振るっている。
「大体あんな切り札持ってんなら最初から使えよな! おかげでこっちは散々な目にあったぜ」
頭から血や肉片を被ったアイラは店に入ると、注文よりも先に炊事場で頭を水で洗いながら文句を言っていた。
「いやー、しっかしカノア強いんだな! おかげでタダ飯にもありつけたし、助かったよ!」
「ま、お前も活躍した見てぇだし、今日は好きなだけ食え」
「やりぃ♪ これだから実力主義ってのは好きだぜ」
アイラはびしょ濡れのまま席に着くと上機嫌で次々とご飯を頬張る。その横でアイリも目を輝かせ、小麦粉を揚げて砂糖をまぶしただけのドーナツを黙々と食べている。
だが、カノアだけは思うように食事が喉を通らない。
(以前は魔法をうまく発動出来なかったのに、どうして……)
そんな思慮を遮るようにアイラの言葉が耳に入ってくる。
「しかし魔獣が出たってのは久しぶりだな。小型の魔物だけだったらあたし一人でも何とかなったけど、今回のはちと洒落にならないやつだったな」
アイラのその言葉にカノアが言葉を返す。
「何度も入られているなら、あの抜け道もう少し何とかした方が良いんじゃないか?」
「いや、その時は抜け道からじゃない。むしろ抜け道はその時の騒動であたしが壁に穴を開けちまったのをきっかけに出来たんだ。何日も掛けて外まで繋ぐの大変だったんだぜ? おかげで外との出入りが自由になったけどな」
悪気もなく笑うアイラにカノアは疑問を投げかける。
「抜け道じゃないとしたら一体どこから?」
「地下水路さ」
一通り食事を作り終えたオヤジが煙草をふかしながらそう呟く。
「地下水路?」
「王都内の地下に張り巡らされている水路のことだ。王都内のあらゆるところに繋がってるらしいから、魔物を作ってるような施設と繋がってるかもな」
オヤジのその言葉にカノアの中で情報が噛み合い始める。
「それはつまり――」
「カノアが知りたがってた話だ。元々その話をするためにここに連れてきたんだ」
カノアの推察に当てはまる答えを、アイラが言葉にする。
「だけど、実際にそんな施設が王都内にあるかどうかなんて誰も確かめたことが無いし、確かめようがない」
「そうなのか?」
「この辺りはスラムだから自由に出入りができるけど、王城近くになると警備もキツイ上に平民ですら入区制限を掛けられてる。もし魔獣や魔物を作ってるなんて物騒な施設があるとすれば、軍事区画か商業区画の中だろうな」
「じゃあ結局噂は噂でしかないのか」
そもそも存在すらしていない可能性があるとすれば、ティアたちが王都内に潜入したとしても無駄足になる可能性がある。
「だけど、あたしはその研究所とやらはあると思うぜ」
「どうして?」
カノアの質問に食べていた手を止め、少し何かを言い淀むアイラ。
それを見てオヤジが代わりに答える。
「死んだのさ。地下水路から魔獣が出てきたのを見たってやつがな」
オヤジがそういうと、観念したようにアイラが言葉を続ける。
「昔、魔獣の騒動があった次の日に地下水路の入り口近くで死体が見つかったんだ。まるでそこに近付くなと言ってるみたいにな」
騒動があった次の日にわざわざ死体があったともなれば、死んだ原因は人為的なものである可能性を示唆している。
カノアもそのことを察し、口を噤む。
「そいつはアイラの親、みてぇなやつだったんだ」
オヤジのその言葉に少しずつ顔を強張らせるアイラ。
「あんなことをした奴らを絶対に許さねぇ。犯人はあたしが見つけて必ず――」
「それがボスを引き受けている本当の理由か?」
アイラの気を落ち着けるように、カノアは少し話題を変える。
「……ちと長話が過ぎたな」
アイラがはっとため息をついて表情を和らげると、その様子に安堵してカノアは礼を述べる。
「色々良い話を聞けたよ。ありがとう」
「いや、今回はカノアが居なかったら正直やばかった。こっちこそ助かった」
一件落着、といった様子で二人は安堵の表情を交わす。
その様子を見ていたオヤジが奥の棚から瓶をカノアの前に差し出す。
「こいつは俺の奢りだ。たんと呑んでくれ」
「これは?」
「酒だ」
「あ、ずりぃぞ! あたしも頑張ったんだからあたしにもくれよ!」
「お前はまだ子供だろ」
「俺もまだ未成年なんですが」
「ドーナツおかわり」
「あいよ!」
「なんでアイリの言うことは聞くんだよ!」
間もなく日も傾き始めるスラム街の一角で、各人各様に今日の勝利に花を咲かせていた。
◆◇◆◇◆◇◆
食事を済ませたカノアは、アイラたちと別れの挨拶を済ませ抜け道から森へと出ていた。
「いろいろと有力な情報を得られた。早く戻ってティアたちに話を――」
そう呟いた刹那、カノアの胸部を魔法が貫く。
カノアは口から大量の血を吐き出し、絶命した。
「お前から俺のペットの匂いがするが、お前がやったのか?」
その言葉は、木の陰から近付いてきた黒いローブを着た男から発せられた。
だがカノアは既に息絶えており、その言葉に反応することはなかった。
「ちっ、狙いどころが悪かったか。まぁ死んでいるなら用無しだ。さっさとあのツギハギの家を燃やしに行くか。ひひっ」
男はそう呟くと踵を返す。
薄闇広がる空が、この世界に夜の訪れを告げていた。
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