第34話『スラム街と二人の少女 #2』
「大体お前あんな森の中で何やってたんだ? 身なりを見る限り貧民ってわけじゃなさそうだけど。何処かの貴族か?」
「いや、近くの村に来たばっかりのただの人間さ。王都がどんなところか一度見ておきたくて来たんだが、来るときに使っていた鳥が森に逃げ込んだから探していたところだったんだ」
「スノーラリアのことか。あいつら餌やった時だけしか言うこと聞かないからな」
悪戯っぽく笑う少女の顔は、盗賊たちのボスと言うにはほど遠い。
だが、ここにはここの流儀と言うものがあるのだろう。少女は座っていた椅子に片方の踵を乗せて片膝を立てると、その膝の上に肘を乗せるようにしてポーズを取り、カノアに鋭い視線を向ける。
「さて、世間話もこれくらいにして、そろそろ良いか?」
「そろそろ? 何の話だ?」
「あぁ!? 人が助けてやったんだから礼の一つでもするのが義理ってもんだろ! あたしら丁度腹減ってたんだ。なぁ、ちょっとくらい持ってんだろ?」
アイラは左手の親指と人差し指の先を引っ付け、丸を作ってカノアに見せる。
ギブアンドテイク。ましてや命の危機を助けてもらったとなれば、それなりの見返りは求められても文句は言えない、が――。
「そういうことか……。金なら持ってないぞ?」
「またまたぁ! 貴族様は冗談がお上手なこって」
「冗談は言っていないし、俺は本当に貴族なんかじゃない」
「まぁまぁ。話は飯食いながらゆっくり聞くからさ! ほら、外に行くぜ!」
アイラは立ち上がると床に無造作に履き捨てられていたロングブーツを履き、カノアの腕を引っ張り外に連れ出そうとする。
「アイリ! こいつが飯奢ってくれるから一緒に行くよ」
「ちょ、ちょっと待て! 本当に金は持っていないんだ!」
アイラの言葉に反応するように、アイリと呼ばれた少女が頭から被っていた布団をベッドに置くと、ボサボサだが美しく透き通るような純白の髪と真紅の瞳が露わになった。
アイリがアイラの横にちょこちょこっと駆け寄ってくるのを見てカノアが話し掛ける。
「君もこの子に何か言ってやってくれないか?」
カノアが助けを求めるようにアイリに話し掛けると、アイリはアイラの背後にさっと身を隠し、少しだけ顔を覗かせてカノアに返事をする。
「お腹減った」
「何なんだお前たちは」
アイラはカノアを部屋から引っ張り出すと、表で待機していた舎弟に声を掛けて小屋を後にする。
行先も分からぬまま、カノアたちはスラム街の中へと繰り出していった。
◆◇◆◇◆◇◆
鉄管を簡易的に組み上げて作られた小さな屋台が立ち並んでいる。売っているものは雑貨から食品、中には武器などが並べられた店もある。
ここはスラム街の中でも一番栄えていると言って良い闇市場。カノアたち三人はアイラを先頭にその中を進んでいた。
「知り合いの飯屋があるんだ。スラムだからって馬鹿にできないくらい美味いから楽しみにしてな」
「別に馬鹿にはしてないが、金を持ってないのに行くわけにも」
「安心しろ、知り合いの店だからぼったくられたりしねーよ」
ぼったくられる以前に無一文なのだが、とカノアは何度言っても冗談だと捉えられてしまうことに半ば諦めかけていた。
(第一、俺はこんなことをしている場合じゃない。例の研究所の情報も何か掴まなければいけないし、こうしている間にも村の方は……)
カノアはハッとしてアイラに話し掛ける。
「なぁ、スラム街ってのは色んな流れ者が集まってくるんだよな?」
「ん? ああ、ここは流れ者の街。いろんなものが集まってくるぜ。人だけじゃなく、金も武器もな」
「情報も、か?」
「……あんた、何を探ってる?」
先ほどまで見せていた少女の顔つきから一変してアイラの目つきが少し鋭くなる。
盗賊たちを束ねているというのも、この圧迫感から決して嘘では無いことが伺える。
「この王都の何処かに研究所と呼ばれる施設があるのを聞いたことは無いか?」
「……」
研究所と言う言葉にアイラは一瞬反応を示す。だが何かを考えるように口を閉ざし、目を細めてカノアをじっと見据える。
やがてその重く閉ざされていた口は開かれ、アイラは告げた。
「……大盛、だな」
「……は?」
「ドーナツも追加」
アイラに追随するように、アイリも言葉を口にする。
「あたしらから情報聞こうって魂胆ならそれなりの対価が必要――と、言いたいところだけど、あたしらは優しいから初回サービスってことで、大盛とドーナツで手を打ってやるよ」
アイラはニヤっと笑い、親指を立ててカノアに見せる。アイリも控えめに親指を立てて頷く。
「金を持っていないのに大盛も何も……」
カノアは金以外のことで交渉は出来ないかと考えるが、それを遮るように少年が慌てた様子で走ってくる。
「姉御ー! 大変だ! 抜け道から魔物が紛れ込んできちまった!」
「なんだって!? 何でちゃんと塞いでおかなかったんだ!!」
アイラはその少年と共に元来た道を大急ぎで引き返す。
カノアはその様子を呆気にとられた表情で見ていたが、やがてアイリと二人で取り残されたことに気が付く。
「……後を追うしかない、よな」
「お腹減った」
アイリはほっぺたを膨らませて、ご機嫌斜めといった様子だった。
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