第32話『スノーラリア #2』
カノアは城壁沿いに続く足跡を追いかけ続け数分ほど走った。城壁はやがて見えてきた森の中へと続いており、足跡もまた森の中へと続いていた。
森との境目部分に立札があったが、カノアはこの世界の文字を読めない。
スノーラリアを捕まえないとメラトリス村へ戻ることが出来ないので、カノアは仕方なく森の中へと足を進める。
もし文字が読めたらきっと何か別の方法でメラトリス村へ戻る算段を立てたはずである。何故なら立て札にはこう書かれていたからだ。
≪この先、魔物出没区域≫
「はぁはぁ。……どこに行った」
森の中を彷徨うこと数十分。カノアはスノーラリアの足跡を完全に見失っていた。
最初は城壁に沿って歩いていたが、途中で足跡が途絶えたため城壁から離れたところまで歩いていた。
「あの鳥を見つけないと村まで戻れなくなる。しかし、せっかく王都まで来たのに何の情報も無しは……」
小言を言いながらカノアは木に寄り掛かって座る。
「今は何時くらいだろうか。昼頃に村を出たからまだ夕方にはなっていないはず。俺の行動でまた展開が変わっている可能性もあるが、もしまた同じ流れが起きているならもう少しで過疎区画に例の魔獣が現れる時間。いや、あの魔獣が現れたのは恐らく俺がティアとした会話が原因……。だとすると会話をしていない今回は何も起きないか?」
カノアはすがるような思いでティアの無事を願う。
何の成果も得られぬまま、よもやこのままカノアだけ生き永らえようものなら、村の全員が死亡しカノアだけが生き残るという最悪の結末を迎えることも起こり得る。
「もし俺だけが明日を迎えてしまったら……。こんな場所でゆっくりしている場合じゃないな」
カノアは息を整え立ち上がる。気持ちを切り替え、再びスノーラリアを探そうと周囲を見渡した時、何かが落ちていることに気が付く。
「ん? あれは……」
見覚えのあったシルエットは、カノアが近づくに連れてその正体を明らかにする。
「これは……、俺のハンカチ? 確かティアに森で初めて会った時に渡して、その後何処かに落としたと言っていたが。ということは、この辺りは俺が最初この世界で目を覚ました辺りか?」
カノアは、落ちていた自分の名前の刺繡が入っていたハンカチを拾い上げ、ズボンのポケットに入れる。
辺りを見回し、よくよく見てみれば何処か既視感のある木々が立ち並んでいる気がしてくる。
「確かティアはこの辺りの城壁に抜け道があると言っていたな。これは運が舞い込んできたかもしれない」
思わぬ幸運に恵まれたとカノアは鼓動を高め、平原から続いていた城壁を探して元来た道を辿り始める。
「確か城壁はこっちに続いていたはず!」
カノアの感覚では城壁からそう離れていないはず。僅かに走ればすぐに見えてくると考えていたが、その考えを打ち砕くように事態は急変する。
風も吹いていないのに周囲の木々が騒めき始めた。
以前この森で魔物に襲われたのは夜であったが、カノアはあの時のような自身の周囲を何か凶悪な雰囲気が取り巻く気配を感じる。
「例の魔獣もそうだったが、魔物は昼だからと言って大人しいわけじゃないということか?」
次第にその凶悪な雰囲気はカノアに近付く。それも複数。カノアを取り囲むようにして四方八方から近づいてくる。
「抜け道のおおよその位置は掴めた。これで死んでも無駄死ににはならないさ」
カノアは強がるように独り言を呟く。
やがて何かが木々の間から飛び出し、その正体を現した。
「こいつらは……、人間!?」
薄汚れた衣服に錆びた刃物を携えた少年たち。決して綺麗な身なりと言えないその風貌は、凶悪な雰囲気を更に駆り立てる。
「へっへっへっ。こんなところを一人で歩いてちゃ襲われても文句は言えねぇよな」
飛び出してきた少年たちはカノアを捕まえると縄で後ろ手に縛りあげる。
「お前らは何なんだ!?」
カノアはそれ以上喋れないように、今度は猿ぐつわをされる。
「俺たちゃ盗賊よ。兄ちゃん何処かの貴族だったりするかい? へへっ、こいつは金の匂いがしてきた。おい、お前ら! こいつを連れて行くぞ!」
盗賊と名乗った少年たちはカノアを担ぎ上げると、森の奥へと歩き始めた。
カノアを担いでいた少年と並行して歩いていた別の少年がカノアに話しかけてくる。
「うちのボスはおっかねぇ人だからよぉ。無事に済ませてもらえると良いなぁ、兄ちゃん」
涎を垂らし、錆びた刃物に舌を這わせるようにしてカノアを煽る。
(くそっ! こんなことをしている場合じゃないんだ。隙を見て逃げ出さないと――)
猿ぐつわをされて言葉が発せないカノアは抵抗することもままならず、そのまま担がれて森の奥へ連れて行かれる。
だが幸か不幸か、盗賊たちはある場所まで辿り着くとカノアに話し掛けてくる。
「へっへっへっ。ここは俺たちみたいな通行証を持たないゴロツキにとっては、まさに天国に続く道と言っても過言じゃない」
カノアの目の前には見知った城壁がそびえ立っていた。
カノアを担いでいた少年が他の少年たちに指示を出すと、城壁を隠すように掛かっていた木々を除け始める。
やがて幾つかの木々が撤去されると、人が通れるほどの大きな穴がその姿を現す。
(こんなところにあったのか。一人で探していたら見つけられていなかったかもな)
ピンチであることに変わりはないが、僥倖とばかりにカノアは心の中で笑みを浮かべていた。
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