第18話『繰り返される空の下で #2』

「ティア、すまないがご飯を食べたら村の中を散歩してくるよ。軽く体を動かしたいんだ」


「うん、分かった。でも無理はしないでね?」


 カノアは食事を済ませると身支度を整え玄関に向かう。

 カノアが出掛けるのを見計らったように、ティアも玄関に姿を現した。


「カノア」


「ん、なんだ?」


「これ、良かったら持ってて」


 ティアは照れくさそうに、綺麗な石の付いた小さな女性用のネックレスを差し出す。


「これは?」


「魔除けのお守り。お母さんから貰ったものなの」


 お母さん、と言うことは孤児院のママのことでは無く、本当の母親のことだろう。

 ティアは生まれた国が滅んだとも言っていた。そしてその後いつからか孤児院暮らしをしている。つまり、このネックレスは――。


「そんな大事なものは受け取れない」


「ううん、良いの。森でも街道でも魔物に襲われたし、もしかしたらカノアの中の魔素に引き寄せられているのかなって思って。どれくらい効果はあるか分からないけど。えへへ」


 カノアは受け取るのを躊躇したが、ティアはどうしても持っていて欲しいと譲る気はないようだ

 今朝の態度がティアに必要以上に心配を掛けてしまったのでは、とカノアは反省をしネックレスを受け取ることにした。

 

「ありがとう。それじゃあ少しの間借りておくよ。必ず、返すから」


 カノアはティアからお守りを受け取ると、ズボンのポケットに入れて孤児院を後にした。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 カノアは村の中を歩きながら、昨日と同じルートを通って村の入口に向かっている。

 さっきは飛躍した考えだと思ったが、ティア以外が全員敵というのは最悪のケースとして想定しておいても損は無い。


「誰が敵で、誰が味方なんだ」


 一つを疑い始めると、連鎖するように全てが怪しく思えてくる。


「ティアだけは信用して良いのだろうか……」


 カノアは顎に手を当て、ぶつぶつと独り言をしゃべりながら歩いている。

 村の入口へ向かう曲がり角。道を曲がったところでカノアはあることを思い出し、咄嗟に顔を上げる。

 角を曲がった先からも男が歩いてきており、カノアは間一髪のところで回避した。


「おっと、大丈夫かい?」


 急に避けたのでカノアは足がもつれる。倒れそうになったカノアを男が支えてくれた。


「すみません、少し考え事をしていて」


「おや? 昨日魔物に襲われたって聞いたけど、もう怪我は大丈夫なのかい?」


 カノアは男の顔を見て、前回村の中で最初に会話したのもこの男だったことを思い出す。

 もしこの村ぐるみで実験を行っているという最悪のケース通りなら村人であるこの男も容疑者ということになるが、出会った人間を片っ端から疑って歩くのもそれは人としてどうなのかという問題もある。


「ええ、孤児院のママに看病してもらったので、だいぶ良くなりました」


 前回と同じような会話を済ませると、カノアは村の入り口へと向かった。

 入り口近くまで来ると、例のごとく大きな幌馬車が止まっているのが見える。そこには村長ともう一人男が立っていた。


「こんにちは、村長」


 カノアは村長に話しかけ、一緒に居た男にも軽く会釈をする。


「ん? おお、おぬしは最近孤児院に来た。えー、名前は何だったかのう?」


「カノアです。色々とお世話になっていますが、改めてよろしくお願いします」


 会話を進めてもこちらも前回と同じ内容だった。村長の昔話に、困った商人。そして村長の代わりに商人と一緒に荷物を村の中まで運ぶ手伝い。

 その後商人は例のごとく、公爵への届け物があると言って村を後にした。

 カノアは村長と商人が居なくなった後、村の入口にあった花壇の端に腰を掛けていた。


「結局何も変わらずか。そもそも俺が死んだ後、何故世界は元に戻っているんだ?」


 カノアを殺そうとする者が居るのであれば、カノアを救おうとする者が居たとしてもおかしくはない。

 この世界にとって、自分は何か役割を与えられた存在なのか。何者かの力によって、自身は導かれているのか。

 この異質な世界の在り様に、カノアは己の存在すらも懐疑的に感じる。


「俺には何かを変えることなんて出来ないのかもしれない。この状況も、解決出来ると思っていること自体が傲慢なのかもしれない。だが、もしティアが何かの実験に巻き込まれているなら何とかしないとな」


 森の中では命を懸けて庇ってくれ、街道でも魔物に襲われているところを助けに来てくれた。カノアにとって、いつしかティアの存在は小さなものでは無くなっていた。


「そういえば」


 カノアはズボンの左ポケットにしまっていた小さなネックレスを取り出し、取り付けられている綺麗な石を眺める。


「何から何まで世話になりっぱなしだな」


 カノアはネックレスを首に着けるため、引き輪を外そうとする。

 日の光に照らされてネックレスにぶら下がっていた石がキラリと光ると、それを狙って黒い影が物陰から飛び出してきた。


「なんだ!?」


 黒い影は「にゃ~」という鳴き声と共にカノアからネックレスを奪うと、そのまま村の外まで走り去っていった。


「……ちょ、ちょっと待て! それは大切なものなんだ!」


 カノアは小さな黒猫を追いかけて村の外へと走り出したのだった。

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