第51話『信用してもらいたいなら #2』
カノアが村の入り口に向かうと、いつも通り村長と商人の姿が見えた。
それを見てカノアは少し足を速めると、それに気付いた商人が先にカノアに話し掛けてくる。
「そんなに急いでどうしたんだい?」
「商人さん。王都から戻ってきたところですか?」
「そうなんだよ! 聞いてくれよ、ホド公爵ときたら酷いんだ! 昨日急に――」
「すみません、ちょっと急いでいまして……。ティアが村から出て行くところを見ませんでしたか?」
カノアは多少の罪の意識を感じつつも、商人の話を遮った。
「うう、酷いや。カノア君まで僕の話を聞いてくれないのかい?」
商人は少し寂しそうな表情を浮かべたが、すぐに何かを思い出したようにポケットの中に手を入れた。
「そうだそうだ。前に手伝ってくれたお礼を渡そうと思っていたんだ」
商人はポケットから折り畳み式の手鏡を取り出すとカノアに見せる。
商人が鏡を開くと、中には可愛らしい櫛が入っているのが見えた。
「結構高価なものだからね。これを女の子に渡せばきっと気に入ってもらえると思うよ」
そういうと商人は鏡を閉じ、カノアのポケットに半ば無理やり突っ込んでくる。
「あの、ティアが出て行くところを――」
「うんうん、やっぱりティアちゃんに渡すのが――」
人の色恋ほど面白いものは無いと、商人はカノアの話にまともに耳を傾けない。
埒が明かないと思ったカノアは、横に居た村長の方に話し掛ける。
「村長はティアが出て行くところを見ていませんか?」
「さぁのう?」
(となると、まだ村の中に居る可能性もあるか? 前回のルカみたいに何処か――)
あまり有益な話に繋がらないと感じたカノアは、村長に別の質問を投げかける。
「あの、カリオスという男はどの辺りに住んでいますか?」
「カリオス? そんなやつこの村にはおらんぞ?」
(やはり、か。村の中であいつと会った時は、必ず二人きりの時だった。村の中でぶつかったのも、俺の記憶を確かめるために俺が一人の時を狙ってわざとやっていたということか)
前回のように旧噴水広場のある過疎区画の何処かに潜んでいる可能性もあるが、村長の話から察するとカリオスはこの村の住人とは接点がなく、村の中に拠点と呼べるものも持っていない。
そうなると、カリオスのそもそもの目的であるティアは、ルカの時と違って既にこの村の中に留めておく必要も無いことから既に外に連れ去られた可能性が高い。
(行き先はやはり研究所とやらがある王都か)
カノアが思案の世界に意識を集中していると、村から辺境伯の屋敷へと伸びる街道を一人の男がこっちに向かって歩いてきた。
「こんなところで集まって、何の話をしているんだ?」
「エルネスト? どうしてここに?」
それはエルネストだった。
またしても異なる事象の発生にカノアは思考が追い付かない。
「あ? 住んでいる村に戻ってくるのがそんなに不思議かよ?」
「いや、そうではなくて、イヴレーア辺境伯の屋敷に居ると聞いていたんだが」
「村長が呼んでいるって聞いたから急いで戻ってきたんだ、悪いか」
「村長に?」
エルネストがぶっきらぼうに答えると、その場に居た人間たちの視線が村長に集中する。
「はて? わし、そんなこと言ったかのう?」
「おいおい、頼むぜ村長。ヘロストの奴からそう聞いたんだが違うってのか?」
エルネストはため息をついて、腰に手を添える。
だが村長はそんなこともお構いなしといった具合で、何かを思い出したようにカノアに話を振る。
「おお、そうじゃ。カノア。ティアから伝言を預かっておるぞ」
「え? 村長さっきティアのことは見ていないと……」
「村から出て行くところは見ておらんが、村の中では会ったぞ?」
カノアもため息をついた。
エルネストが帰って来なかったら、うっかり話を切り上げてその場を去るところだったと、何とも言えない気持ちで村長の話に耳を傾ける。
「誰か一緒におったようじゃが知らん奴じゃったのう」
「一緒に?」
(恐らくカリオスだろう。だが、一緒に歩いていたということはルカのように攫われた訳ではないのか?)
少し予想していた状況と異なる情報にカノアは今一度考えを改める。
「それで、ティアは何と?」
「君に会ったら王都に行くと伝えてくれと」
(王都? まさかティアのやつ、攫われたんじゃなくて自分から着いていったのか!? 研究所に関する情報を餌にカリオスがティアを連れ出したと考えれば――)
「やはり急がないと!」
カノアの急変した態度を見て商人が慌てて声を掛けると、カノアは何かを思いついたように足を止めた。
「エルネスト。すまないが一緒に来てくれないか?」
「何で俺がてめぇに付き合わなくちゃいけねぇ」
「ティアの命が危険に晒されているとしてもか?」
「てめぇ! 一体何を知ってやがる!?」
互いに視線を交錯させると、カノアは何も言わず平原の方に向かって歩き始めた。
エルネストは何か言いたそうだったが、舌打ちだけしてカノアの後ろを追うように歩き始める。
(カリオスは魔物を使役する。多少魔法を使えるようになったが、俺一人で立ち向かってもきっと勝てない。信じてもらえるか分からないが、エルネストに真実を話して一緒に戦ってもらうしか――)
村から少し歩き、村長たちの姿が見えない位置まで来るとエルネストが口を開く。
「おい、何処まで歩かせる気だ」
その言葉にカノアもようやく口を開く。
「一緒に王都まで行ってくれないか?」
「は? 何で俺がお前と王都なんかに」
「頼む。ティアの命が掛かっている。時間が無いんだ。……事情は後で必ず話す」
多くを語らないカノアに苛立ちを感じたエルネストは、カノアの胸ぐらを掴む。
「これで何もなかったじゃ済まさないからな」
「その時は好きにしてくれ」
真っすぐ自分を見つめるカノアの様子から、ふざけているわけでは無いと感じたエルネストはカノアを放す。
少し乱れた衣服を直して、カノアたちはスノーラリアの居る平原に向かった。
◆◇◆◇◆◇◆
ここは王都近くの森の中。
平原から続いていた鳥の足跡のようなものを辿ると、草木に頭から突っ込んだ状態の二人の男の姿があった。
その片方の大柄な男は埋まっていた頭を引き抜くと、もう一人の少年に向かって怒鳴る。
「てめぇ……、スノーラリアくらいちゃんと乗れよ!!」
「す、すまない。どうもあいつとは相性が悪いみたいで……」
エルネストの罵声を浴び、申し訳なさそうにカノアも頭を引き抜く。
当のスノーラリアはいつものごとく「クエーッ」と叫びながら去っており、森の中にはカノアとエルネストの二人だけが取り残されていた。
「ったく。だがここからなら王都も近い。歩いていくことも可能だが、その前に王都に行く理由を――」
エルネストは周囲を取り囲む気配を察知し、言葉を途中で飲み込み身構える。
すると、木々の陰から幾人もの盗賊の少年たちが姿を現す。
「よぉよぉ兄ちゃんたち! 俺たちゃ泣く子も黙るスラムの盗賊さ。ひでぇめに会いたくなかったら金目のもん置いて――」
盗賊の少年たちの言葉を無視するようにカノアは一番手前で喋っていた少年へと近づく。
「アイラがそんなことをやれって言ったのか?」
思いもよらぬ言葉に、盗賊の少年は後ずさりをする。
「うげっ!? 兄ちゃん何で姉御の名前を!?」
「どういうことだ、カノア?」
戦闘に発展しそうな雰囲気から一転、この状況に全く動じていないカノアにエルネストは疑問を呈す。
「すまない、これの事情も後で説明する。ひとまずここは任せてくれ」
「へへ、兄ちゃんどうせハッタリだろ!? 兄ちゃんみたいな
「輝きは祝福。沈黙は飾り。これで通じるか?」
「ま、マジかよ!? 兄ちゃん、あんたいったい何者で――」
「悪いが急いでいるんだ。さっさと案内してくれないか?」
「へ、へぇ! すぐに!!」
そういうと盗賊の少年たちはカノアたちを例の抜け道に案内し、スラムへと足を進めた。
◆◇◆◇◆◇◆
「ここまでで良い、後は自分たちだけで向かえる。それと抜け道は忘れずちゃんと閉じておくんだ。魔物が入ってこないようにな」
「へぃ! 姉御によろしくお伝えくだせぇ」
中に入るとカノアは盗賊の少年に釘を刺し、エルネストと二人で人気の無い路地裏へと向かう。
(とりあえずうまく潜入は出来た。後は――)
ひとまず路地裏まで歩いたところでエルネストがカノアに声を掛ける。
「随分と慣れた様子じゃねぇか」
(エルネストにどう説明するか、だな)
人目が無いことを確認すると、エルネストはカノアに詰め寄る。
「手際が良過ぎる。てめぇやっぱりスパイだろ! 俺を罠にハメやがったな! ティアを何処へやった!?」
激高するエルネストを正面に、カノアはまっすぐとエルネストの目を見る。
「随分と都合の良い話をすることになる。だが断じて嘘は話さない。まずはそれを信じて欲しい」
そう言うとカノアは深く頭を下げた。
その予想もしていなかった行動に、エルネストは虚を突かれた様子でたじろいだ。
「……ちっ、少しでもおかしな行動取ったら体に風穴開けてやるからな! 言っておくが、これは――」
「冗談なんかじゃないんだろ? 身に染みて分かっているさ」
頭を上げると、カノアはそう言った。
「ヘロストの奴もお前も一体何だってんだ。人の心を見透かしてるみてぇによ」
調子を崩されたと言いたげに、エルネストは頭をポリポリと搔いた。
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