第52話『スラム街と地下水路 #1』
「王都に来るのも既に別の今日で経験していて、だからスラムのことも知っている? 訳が分からん」
エルネストはカノアから諸々の事情を複雑な心境で聞いていた。
ループなどに縁のない人間がいきなりそんな話を聞かされた日には、相手の正気を疑うことだろう。
「だが本当なんだ、どう説明すればいいか」
無論、カノアもそれが分かっているからこそ、真実を告げたところでそのまま受け入れてもらえるとは思っていない。
しかし、この手の話は必死に説明すればするほど余計に怪しさが増していく。
根拠になるものが何か示せないか、カノアが考えているとエルネストが口を開いた。
「……ちっ、信じてやるよ」
「え?」
前回の周回、屋敷で会話した時は最後まで信じなかったエルネストが何故か踏ん切りがついたようにカノアの言葉を受け入れた。
あれだけ自分に疑いの目を向けていたはずなのにどうして。
話があまりにも円滑に進んでしまったことに、今度はカノアの方がエルネストを疑いたくなる心境だった。
「どうして急に……」
「何だよ、信じろって言ったのはお前じゃねぇか」
「そうなんだが……」
「……村に戻る前にヘロストの奴から言われたんだよ。お前の言うことを信じろってな」
エルネストのその言葉に一応の理解は出来たが、しかし何故辺境伯はそのようなことをエルネストに伝えていたのか。
カノアは辺境伯との記憶を遡ってみる。
(まさか辺境伯もループをしている? いや、辺境伯がループをしていない確認は以前に行った。それに敵じゃないなら前回あんなに回りくどい聞き方をしないはず。辺境伯は一体……)
当然考えても答えは出ない。だが、辺境伯が何かしらの事情を握っていることは間違いない。
ひとまずカノアは、エルネストが自身の言葉に信用を置いてくれることに感謝するしかなかった。
「それとこいつを持っていろ。へロストがお前に渡せって」
そう言ってエルネストはカノアにブレスレットのようなものを渡す。
「これは……ソフィア?」
「ああそうだ。要らなかったら捨てても良いと言っていたが、なら何で持たせたんだって話だぜ。それにこんな古いソフィア、まともに魔法も発動しないんじゃないか?」
辺境伯はいったい何を考えているのか。敵対ではないものの、何か先回りをされているような感覚は、何とも言えない違和感をカノアの中に残す。
カノアは渡されたソフィアをひとまずポケットにしまうと、研究所の情報をエルネストに聞かせるため、目的地に向かって二人で歩き始めた。
◆◇◆◇◆◇◆
「何でそんな場所を知りたがっている?」
カノアは前回アイラたちと来た闇市場の飯屋に足を運んでいた。
「俺たちも魔物の出所を探っているんです。もしこの国が魔物を作っているならそれを止めたくて」
「ふん。にわかに信じがたいな。お前たち王都の衛兵に頼まれて探りを入れてんじゃないだろうな?」
飯屋のオヤジが訝し気にカノアたちを見る。
「おい、俺たちが王国のスパイだとでも言いてぇのか?」
「どこの馬の骨とも分らんやつにスラムのことを簡単に教えるわけにはいかねぇな」
頑固そうなオヤジに無精髭を生やした大柄なエルネスト。
時刻はもう昼を過ぎていたお陰で店内に客が居なかったのが唯一の幸いか。
二人の睨み合いは険悪なムードを漂わせていた。
(俺たちが王国のスパイではないことを証明出来れば良いのだが。この周回ではアイラたちともまだ面識は無い。何か説明出来るものは――)
カノアがそんなことを考えていると、エルネストがオヤジに向かって口を開く。
「俺は禁戒の民だ。これ以上の説明が居るか?」
その言葉を聞きオヤジは一瞬眉をひそめたが、少しため息をついて理解を示す。
「……そういうことか。それなら納得だ」
カノアには二人の間に何のやり取りが行われたのかよく分らないが、ひとまず話がまとまる。
オヤジは過去にスラム街で起きた魔物の事件と、例の地下水路の入り口の場所を説明してくれた。
「中に入るならこれを持ってけ。少し奥に進めば中は真っ暗闇になる」
話が終わるとオヤジは足元に置いてあった簡易的なランプを手渡してくれた。
「助かる」
エルネストはランプを受け取ると、カノアよりも先に店を出た。
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