第49話『裏切り者』
「お前は何者だ? どうして記憶を引き継げているんだ?」
少しでも動けば張り詰めた糸が切れてしまいそうなほどの緊張が漂う中、カリオスはカノアに鋭い言葉を突き立てる。
「黙っていないで何か言えよ。さっきまで得意気に喋っていたじゃないか」
自分と同じ境遇の人間が他にも居ることは、落ち着いて考えてみれば想像出来ない話ではない。
だが、その落ち着く暇すら与えずカノアに迫ったのはカリオスの方が一枚上手だったと言える。
自身のアドバンテージを失った今、カノアは探るように言葉を紡ぐ。
「何故記憶を引き継げているかまでは、俺にも分からない。ただ、死んだ後目が覚めるとそれまでの記憶を引き継いで同じ日を繰り返している。それだけだ」
「……ふむ。それは――」
このままでは主導権を握られたままになると、カノアはその言葉を意図的に遮る。
「待て、次は俺からも質問をさせてもらう」
窮地に追い込まれながらも食らいついてくるカノアに、カリオスは一瞬虚を衝かれたような表情を浮かべる。
「……まぁ良いか。ここはフェアに行こうじゃないか」
「ちっ、何がフェアだ」
負け惜しみとまではいかずとも、ただ黙っているわけでは無いと言ったカノアの様子にカリオスは少々皮肉めいた態度を示す。
「まず、ルカは無事なのか?」
「安心しろ、あのガキはお前をおびき寄せるための餌みたいなものだ」
カノアはルカが無事であることにひとまず安堵する。勿論、カリオスの言葉を信じるのであれば、だが。
「さて、今度はこっちの番だ。何を聞こうかなぁ、ひひっ」
「聞きたいことがあるなら早くしろ」
「そう慌てるなよ。ようやくこうやって顔を合わせて話が出来るんだ。もっとゆっくりと楽しもうじゃないか」
カリオスは周囲を見渡し、何かを気にするような仕草を見せる。
「ふざけやがって。俺はお前に聞かなければならないことが散々あるんだ。悠長に無駄話に付き合ってやるつもりは無いぞ!」
カリオスの時間を引き延ばすような態度に、抑えていた怒りが再び募り始める。
「んー。まぁいいか。俺からしたい質問は後一つだけだ。それは最後の楽しみに取っておいて、先にお前の気になることを聞いておこうか」
「なら遠慮なく聞かせてもらうぞ。俺を襲撃していたのはあんたの仕業か?」
「それは勘違いだ。襲撃の目的はお前じゃない」
「俺じゃない!? ふざけるな! 街道でも、この噴水広場でも、王都からの帰りでも! 何度も俺のことを殺しただろ!」
「ああ、確かに何度も殺したさ。だが、お前を殺すことには何の意味もない。むしろ、お前が邪魔をしなければ、こちらとしてもわざわざ殺す必要は無かった」
「何だと!? じゃあお前たちの狙いはティ――」
カノアの言葉をカリオスが遮る。
「それと。王都からの帰りにお前を殺したのは俺だけじゃない」
「何?」
「お前は王都からの帰りに二回死んでいるだろ? 一回目は俺だが、二回目は俺じゃない」
カノアを混乱させるための嘘とも捉えられるが、カリオスの先ほどまでのふざけたような物言いではない様子から、恐らくは真実であるように受け止められる。
「お前はあくまでも監視対象に過ぎないからな。わざわざ何度も王都まで出向いてお前のことなんざ殺しに行かないさ。もっとも、記憶を持ってループしていることが分かった今、お前の監視の重要度は格段に上がったがな」
「あんたじゃなかったら誰が俺のことを殺すというんだ!」
「ひひっ、それが誰かはお楽しみにとっておこうじゃないか。だが、何も教えないのもつまらないから一つだけヒントをやるよ」
カリオスは勿体ぶる感じで憎たらしい笑顔を浮かべる。
情報を得られるのであればとカノアは胸に湧き上がる怒りをぐっと堪える。
「お前が王都から戻ろうとした時、その時だけお前はある女に殺された。お前が何度も会っている女さ。ひひっ」
カノアの脳裏には先ほど自身が名前を口にしかけた少女の姿が浮かんでいた。この世界に来てずっとそばに寄り添ってくれた少女の姿が。
それは孤児院での記憶、長い街道を二人で歩いた記憶、噴水広場で話した記憶。
そして、辺境伯の屋敷からの帰り道、夜の街道で出会った少女の瞳が翡翠だったこともふと思い出す。
「誰に殺されたか知りたいか? 知ったら、さぞ驚いてくれるだろうなぁ」
カリオスはカノアの心を見透かしたように憎たらしい顔で笑いを浮かべている。
「くっ! 俺の近くに誰か裏切り者が居るとでも言いたいのか!?」
カノアは苦し紛れの怒りをカリオスにぶつける。
「裏切り者? ひひっ、お前は目に見えていることばかり信じ過ぎなんだよ。そんなんだから孤児院での嘘にも気付けていないのさ!」
「嘘? そういえばあんたはあの襲撃の時、魔物に襲われて死んだはず……。まさか」
「そうさ。お前は悲鳴を聞いただけで、俺が死んだものだと思い込んでいた。本当に死んでいたかどうかはちゃんと死体を確認するべきだったな。と言っても、お前は死にかけだったからあのタイミングで調べるのは無理か。ひひっ」
カリオスの言葉に誘導されるように孤児院での惨劇を思い出したカノアは、その時に感じた疑問を口にする。
「死にかけ……。そうだ。確かその後、老人が現れたはずだ」
「老人? あぁ、……そうだな」
「やはりお前の仲間なんだな。何故孤児院を襲ったんだ?」
「困るんだよ。今日、研究所に近付かれるのは」
今日、という限定的な言い方に、カノアは今日がティアたちの潜入計画が実行される当日であることを思い出す。
「何故今日なんだ? 他の日だったら構わないのか?」
「ちっ、目ざとい奴だ。他の日でも近付かれて嬉しいわけがないだろ。だが、今日は特に近付かれると困るんだよ」
(こいつはいったい何を隠している? 今日という日がどうしてそんなに特別なんだ? 何か引っかかる。思い出せ、確かあの時――)
「……シナリオ。そうだ、シナリオだ」
「は!?」
シナリオ、という言葉にカリオスは過剰な反応を見せる。
(なんだこの反応は? ……シナリオ、ループ、記憶の持ち越し。もう少しで何か繋がる感じが――)
「お前、どうしてシナリオのことまで知っているんだ? 一体どこまで調べやがった!」
先ほどまでの余裕が嘘のようにカリオスは取り乱す。
「何故シナリオのことを知っているか、知りたいか?」
カリオスの取り乱し様から「シナリオ」という言葉が千載一遇の突破口となる可能性を秘めていることは想像に容易い。
今度はカノアが話を引き延ばしながらカリオスの出方を伺う。
「どこまでシナリオのことを知っているかは分からないが、ループに気付いている以上放置するわけにも……」
カリオスは目の前にカノアが居ることを忘れたようにぶつくさと独り言をぼやき始めたが、周囲を見渡し何か考えを振り払うようにため息をつく。
「色々聞きたいことが増えてしまったのは残念だが、そろそろ時間だ」
カノアが気付いたときには空は薄暗くなってきており、旧噴水広場と夕暮れという組み合わせに背筋が凍るような気がしてくる。
「まさか!」
だがカリオスは、カノアの言葉に脇目も降ることなく付近の建物の屋根の上へと飛び上がる。
その突然の行動にカノアは制止することすらままない。カリオスを下から見上げる形となったカノアは何とか食い止めようと叫ぶ。
「逃げるのか!」
「俺にも都合ってもんがあってな。シナリオの件はまたの機会に――」
逃げようとするカリオスを何とか引き留めようと、ループしている以外に取っておいたもう一つの切り札をここで切る。
「あんたも日本から来たのか!?」
それはカノアがこの世界の住人ではないことを明かす発言。
敵の正体によっては自身をかなりの危険に晒すことにもなるが、これ以上の切り札を今はまだ持ち合わせていない。
「日本? そうか! お前も”関係者”だったのか! それなら最初からそう言えよ!」
「関係者?」
カリオスは何か合点がいったとばかりに一人で納得している。
だがシナリオについて何も知らないカノアにとって、それは純粋に敵に情報を与えてしまった可能性も否めない。
「お前も素材を集めているんだろ? そうか、だからあの女のそばにずっと居たのか!」
「素材? 何の話だ!?」
「ずるいなぁ、独り占めはよぉ!!」
勝手に進む話にカノアは思考が付いて行かない。
そんなカノアを置いていくように、カリオスは更に言葉を畳みかける。
「そうだ。楽しみに取っておいた最後の質問をしようか」
それはこの場の勝者が誰であるかを宣言するが如く、カリオスは声を張り上げ遠くに聞こえるように高らかに言い放つ。
「裏切り者にふさわしい末路って何だと思う?」
「裏切り者? さっきからお前は何を言って――」
「この国もあの銀髪の女の故郷のように、一緒に滅ぼそうじゃないか!」
「なっ!?」
定刻通り、と言いたげな表情を浮かべてカリオスはカノアを見下ろしている。
そして寸分の狂いもなく、夕闇の空に一発の銃声が響き渡る。
「てめぇやっぱり王国のスパイだったのか!! 騙しやがって!!!」
凶弾に胸を貫かれたカノアは呼吸をすることすら叶わずその場に倒れ込む。
少しずつ体中から温もりが失われていく感覚の中、銃を構えながらゆっくりと近づいてくるエルネストにただただ視点を合わせようとする。
「お前が! お前たちが俺たちの国を!!」
血が頭に上り、気が気ではないと言った様子のエルネストの元にティアが走り寄ってくるのが見える。
そしてカノアに向けていた銃を持つ手を掴み大粒の涙を流しながら何か叫び始めたが、カノアは意識が朦朧としてきており既に二人の言葉がまともに聞き取れない。
「ど――て!? 何で―ノア―――を撃っ――!?」
「――裏切―者――だ!! 俺た―の国―!!」
言葉の端々だけが微かに頭の中に流れ込んでくる。
必死に否定しようとするが、もはや言葉は喋れない。
(違う、俺は裏切り者なんかじゃ――)
屋根の上から自身を見下す憎い笑顔が夕闇の中に消えゆくのが見える。
同時に、カノアの意識も闇の中へと消えて行った。
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