第46話『賽は投げられた』

 耳をすませば、ホコリの舞う音さえ聞こえてきそうな静寂。

 最初に口を開いたのはエルネストだった。


「で、その話を俺たちに信じろというのか?」


 その言葉にカノアは視線を上げる。


「辛気臭せぇ顔して何話すかと思えば、同じ日を何度も繰り返しているだ? そんなバカみたいな話信じるのは、孤児院のガキどもくらいのもんだ」


 腕を組んで大股を開き、鼻で笑うようにしてエルネストは言い捨てた。

 だが、そんなエルネストの大層な態度を否定するように真正面からティアが対抗する。


「私は信じるよ」


 思いがけないところから飛んできた言葉に、エルネストは困惑しながら言葉を返す。


「ティア。森で助けて貰ったからって、いつまでも味方してやることはないんだぞ?」


「そういうのじゃないよ。ただ、私はカノアのこと信じたいだけ。こうやってちゃんと話してくれてるし、嘘を付いてるようには聞こえなかったよ?」


 ティアは絶対に譲る気は無いといった様子でエルネストをまっすぐ見つめる。

 その様子にエルネストも少々冷静さを欠くようにして立ち上がり、段々と語気を強める。


「良いかティア、落ち着くんだ。俺たちはもっと慎重にならないといけない。俺たちが全てを暴かないと、死んだみんなの――」


「そういう言い方しないで! ……ずるいよ、そういう言い方」


 ティアは少し顔をしかめて、エルネストから視線を外す。


「……すまん、ムキになり過ぎた」


 エルネストは反省するように大きく深呼吸をし、椅子に座り直す。

 その様子を見かねた辺境伯が、エルネストに諭すように語り掛ける。


「私も彼の言っていることを信用すると言ったらどうする?」


 エルネストは思わず辺境伯を見て、信じられないといった表情を浮かべる。


「おいおい、へロスト。お前までそいつの味方をするのか?」


「君こそ、私のことを信用してくれないのかい? 私の力のことは君もよく知っているだろう?」


「お前の力のことは分かっている。だが、出会って数日しか経ってない、それも身元もよく分からんやつのことをどうして信用することが出来る?」


 エルネストのその言葉に再びティアが反旗を翻す。


「カノアはちゃんと話してくれたよ? エルネスト、あなたこそちゃんと自分のことカノアに話せる? 信用してもらいたいなら、隠し事してちゃダメでしょ?」


 ティアと辺境伯に交互に詰められ、エルネストはついに観念したといった様子で降参を宣言する。


「はぁ。……分かったよ。お前たちがどうしてそいつの言うことをそこまで信用するのか分からん。だが、お前らがそこまで言うならこの場は引いてやる」


「ありがとう! エルネスト!」


 花が咲いたようにティアの顔に明るさが戻る。

 突如目の前で始まった口論を静観するしかなかったカノアも、その様子を見てホッと胸を撫でおろす。


「すまない。急に信用してくれというには、あまりにも非常識な内容だということは自分でも理解している」


 カノアはエルネストの気持ちを汲むようにフォローを入れる。


「勘違いするなよ、カノア。俺はまだお前を信用していない。俺たちが背負っているは、決して生易しいものじゃねぇんだ」


 エルネストは気持ちのはけ口とばかりにカノアの言葉に釘を刺すと、腰に携えていた銃を手に持ちカノアに銃口を向ける。


「俺たちの国をあんな風にしたやつは、この銃で風穴開けてやるのさ。お前が少しでも怪しい行動を見せたら、その時は分かってるな?」


「冗談でもそういうことを言わないの、エルネスト」


 ティアもまた、エルネストの言葉に釘を刺し返す。


「ふん、冗談なものか。お前らが何と言おうと、まだこいつの素性がはっきりしたわけじゃない。敵だと分かったら、例えお前が止めようともこいつを始末してやる。今は話を聞いてやるってだけだ」


 そう言うとエルネストは銃を腰に戻してから再び腕を組み直し、ふんぞり返るようにして椅子にもたれ掛かる。


「ごめんね、カノア。エルネストもきっと分かってくれるから」


「いや、今は話を聞いてもらえるだけで十分だ。ありがとう、ティア」


 カノアはティアに感謝を示し、残るもう一つの本題についても口を開き始める。


「さて、本当に伝えたいことはここからです」


「けっ! まだ何かあるってのかよ」


「今日を何度も繰り返して、俺が経験したことを話します。本当に解決しなくてはならないのは――」


 噴水広場の魔獣のこと、孤児院の襲撃のこと、そしてスラム街の騒動についてカノアは言葉を並べていった。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 部屋には先ほどよりもいっそう深い静寂が訪れていた。

 今度は辺境伯が最初に口を開く。


「それが本当だとしたらゆっくりはしていられないね。それに村や孤児院を守れたとしても、スラム街の騒動には向かうことが出来ない、か」


「……確かにそうですね」


 辺境伯の言う通り、カノアたちがメラトリス村に残ればアイラは一人であの双頭の魔獣と戦うことになる。だからと言って、メラトリス村に現れた魔獣も無視は出来ない。

 どちらも経験しているカノアにとっては、どちらか片方を選ぶということは最早選択肢に無かった。


「分かった。スラム街の方は私に任せてくれたまえ」


「どうするんですか?」


「忘れたのかい、カノア君? 私はこう見えてもそれなりの貴族なんだ。王都の衛兵にスラム街の巡回を頼むくらいのことはできるさ」


 鼻の下を伸ばしながらママのコバンザメをやっていた衛兵たちのだらしない顔がカノアの頭に浮かぶ。

 少々先が思いやられるが、王都の安寧を脅かす魔獣が王都の中に出たとなれば彼らも真剣に対処してくれるだろうと願ってカノアは辺境伯に頭を下げる。


「それではスラム街の方はお願いします」


「ああ、任せてくれ。それで村の方だけど、いくつかソフィアを貸すから、まずは村の人間にも手伝ってもらって孤児院周辺に怪しいものや人物がいないか探してもらってくれ」


「助かります」


「これで何もなかったじゃ済まさないからな」


 エルネストが突っかかるように言葉を吐き捨てる。


「それならそれでいいじゃない」


 ティアも放っておけばいいのだが、カノアのことを認めないエルネストに未だご立腹のようで、その態度を示し続ける。


「ティア、お前も分かっていると思うが、今日は大事な日だ」


「何かあるのか?」


 何かを隠すような言い草に、カノアは思わず疑問を投げかけた。


「お前には関係ない話だ。村に戻るからとっとと準備しろ」


 それ以上は会話が成立しないことを悟ったカノアは、辺境伯からいくつかソフィアを拝借しティアたちと村への帰路に就いた。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆


 村に戻ってきたのは夕方を迎える前だった。

 入り口の門をくぐると、村の大人たちが入り口付近で深刻そうな顔を並べて何か話していた。


「おい、どうしたんだ」と、エルネストが声を掛ける。


「おお、エルネスト。それにティアちゃんに、カノア君も一緒か。帰ってきてくれて助かったよ」


 村人のリガスが待ちかねていたとばかりに歩み寄ってきた。


「私たちに何か用事?」


 ティアがリガスに問いかける。


「今はママも王都に行っているし、君たちも孤児院を留守にしていただろ?」


「うん、その間ルカにお留守番お願いって伝えてあるよ?」


「そのルカが行方不明なんだ」


「え!?」


 孤児院を出るときに感じたささやかな変化は、時間の経過とともに大きな変貌の兆しを見せ始める。

 最早引き返すことは出来ない。カノアはそんな予感がしていた。

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