第44話『神はサイコロを振る #1』

「ごめん、私がもっと早く――」

 

 子供たちと入れ替わるようにしてティアが部屋に入ってきた。

 ティアの言葉を最後まで待つことなく、カノアは言葉を被せる。


「話したいことがあるから下で待っていてくれないか?」


 カノアがそう促すと、ティアは困惑したように部屋を後にする。

 ティアが居なくなるのを待ってからカノアは改めて考えを整理し始めた。


「この村が危険なことを伝える必要があるが、そのまま伝えて信用してもらえるか? 王都では俺が知るはずがない抜け道のことやスラム街のことを伝えるとティアの信用を失った。この村が危険だといきなり伝えても同じように信用を失う可能性は高い」


 だからと言って、ティアの方から抜け道の情報を話してもらうまで噴水広場で話をしていると、牛頭人身の魔獣に襲われる可能性がある。

 仮に勝てたとしても、その後孤児院が襲撃されては元も子もない。


「手詰まり、なのか……? いや、何か必ずこの連鎖を断ち切る方法があるはずだ。考えろ、思考を止めるな」


 弱気になりかけた自分を奮い立たせるように言葉を紡ぐ。


「村で過ごすのが危険なことは間違いない。だがティアを外に連れ出せたとしても孤児院が襲撃されてしまっては、ママやエルネストが殺される。そうなっては意味がないし、襲撃のタイミングで自分を都合良く村の外に連れ出した俺のことを、ティアに疑われる可能性が高くなる」


 とにかく思考を止めないようにひたすらに言葉を羅列する中で、あることに思考が引っ掛かる。


「……ママやエルネストが殺される? そうか。ママやエルネストが敵じゃないと分かった今、避ける必要はないんだ。となると、まだやれることはある。いや、やらないといけないことがある」


 カノアは自問自答の中で見えた微かな光に手を伸ばした。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 カノアは身支度を済ませると、ティアの待つダイニングへと降りてきた。

 不安そうな表情を浮かべていたティアに問いかける。


「ティア、エルネストは今どこに?」


「エルネスト? イヴレーア辺境伯のところだよ?」


「俺たちも辺境伯の所に行かないか?」


 カノアの問いかけにティアの表情が少し和らぐ。


「急にどうしたの?」


「魔法の練習がしたいんだ。いつでも来てくれって言って貰っていたからな」


「もしかしてさっき話があるって言ってたのそのこと? 急に改まって言われたから少し変に考えちゃってた。そうだね、行こっか。私も一人で待ってるの実は心細かったんだ、えへへ」


(よし。これならティアに怪しまれず村の外に連れ出せる。後はエルネストを連れて村に戻って――)


 だが、そこまで考えてカノアは次の問題に行き当たる。


(どうやって連れ帰る? それに戻ってきて、どうするんだ? 魔獣が出ると伝える? そんなことを言ったら魔獣が出ることを知っていたとして、ティアだけではなくエルネストにまで怪しまれる。仮にうまく連れて帰れたとしても、これから襲撃があるから武装して待機して居ようとでも言うつもりか?)


 一つ解決すれば、更に新たな問題が降りかかってくる。暗闇に差し込んできた一筋の光は、手を伸ばしてもまだ届かないほど遠く感じる。


(まだ足りない、もっと先のことまで考えろ!)


 カノアは自身を追い込むように更に考えを煮詰める。


「どうしたの、カノア?」


 少し思考の世界に入り込み過ぎていたのか、険しい顔を浮かべるカノアにティアが心配そうに言葉を投げかける。


「いや、何でもない。俺は出掛ける準備が出来ているから、ティアも準備が出来たら声を掛けてくれ」


「うん。じゃあちょっと準備してくるね」


 そう言ってティアは席を立ち、二階へと上がっていった。


「一人で考え込むのは俺の良くない癖だ。旧噴水広場の襲撃の時も一人で考え続けた結果、孤児院の襲撃という惨劇に繋がった」


 カノアは俯瞰しながら自分の問題点を見直す。


『だって信用してもらいたいなら隠し事してちゃダメでしょ?』


 至極単純な話だったが、自身の気持ちを晒さずに生きてきたカノアにとっては簡単な話ではない。ティアの言葉を思い出すたびに、本当の意味で自分はまだこの世界において独りであることを実感させられる。

 だが、前に進むにはそれも乗り越えなくてはいけない。


「まずはエルネストと合流して、それから――。話してみるか、俺がループしていることを」


 一歩ずつ。だが確実にカノアの心は歩み始めていた。

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