第42話『神はサイコロを振らない #1』

 ティアがカノアの元を去ってから僅かばかり。

 カノアは痛む心を押さえつけながらスラム街へと向かっていた。


「神はサイコロを振らない、か。これが決められた結果だと言うならば、運命は随分人間が嫌いらしい」


 今はただ目の前の悪夢を断ち切ることだけを考えてカノアは奔走した。

 騒動の真っ只中に到着すると、アイラが双頭の魔獣相手に孤軍奮闘していた。


「アイラ!!」


 カノアが声を上げるとアイラが振り向く。


「あ!? 誰だてめぇ!!」


 咄嗟に名前を呼んでしまったが、アイラには前回の共闘の記憶はない。

 周囲の男もアイラを呼び捨てたカノアに対して疑惑の目を向ける。


「おい、今あいつ姉御のことを呼び捨てに……。まさか姉御のか!?」


 そう言いながら男どもは親指を立てて見せ合う。

 魔獣が暴れている最中、呑気なものだ。


「説明は後だ、この魔獣を倒すぞ」


 カノアはアイラの横に立つと魔獣をまっすぐに見据える。


「よく分かんねぇけど、役に立つんだろうな?」


「ご飯の大盛くらいはご馳走出来るさ」


「は?」


 カノアは自虐のように笑みを浮かべると、アイラから距離を取るように走り始める。


「おい、お前何処に――」


「挟み撃ちだ! 君はそっちから狙ってくれ!」


 カノアがそう叫ぶと、アイラも瞬時に理解し攻撃を展開する。


「へっ、あたしに指図するとは良い度胸じゃないか。後で有り金無くなるまで飯食わせて貰うからな!」


 息の合った連携攻撃。その理由を知らないアイラにとっては何ともこそばゆい。


「あいつ何であたしの魔法に合わせられるんだ? まぁ、良いさ。うちの男どもとは違って役に立つってんなら利用するまでだ!」


 二人の挟撃に魔獣は成す術が無くなる。

 一度体制を立て直すために、魔獣はその場から逃げる姿勢を見せる。


「あ、待て!!」


 アイラが魔獣の行動を制そうとするが、カノアがそれに口を挟む。


「アイラ! そのままで良い!」


「あ!? そんなことしたら逃げられ――」


 その会話の一瞬をついて魔獣は逃げ出そうとするが、カノアは距離が開いた魔獣目掛けて魔法を放つ。


「これだけ距離が取れたら後で汚れたって文句も言われないよな。【ネオランビス・アスティル】!!」


 一見何も放たれたように見えないが、逃げていた魔獣が変形するのを見て周囲の男たちも異変に気が付く。

 慌てて逃げようとするが間に合わず、大きな音と共に魔獣は爆発し、周囲に居た男たちに血肉が飛び散った。


「うわあああ! 汚ねえええ!!!」


「……すまない。まぁ、その、なんだ。男は我慢してくれ」


 カノアは申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。


 ◆◇◆◇◆◇◆


「んで、お前はどこの誰なんだよ?」


 アイラがカノアを問い詰めるように質問をしている。

 周囲の男たちはニヤニヤしながらその様子を見守っていた。


「俺はカノアだ。君とは……、前世の知り合いみたいなもんだ」


 カノアにとっては自虐のようなその言葉も、ループを経験していない男どもからするとまるで運命の告白のようにも聞こえる。


「おい、聞いたかよ! 生まれ変わっても一緒に居たいってか! あの兄ちゃん、見た目に似合わずキザな野郎だぜ!」


「姉御! 俺は応援しやすぜ!」


「てめぇらは黙ってろ!!」


 アイラは男どもに怒鳴り散らすと、場所を変えると言って人気の無い路地裏へと足を運ぶ。

 それを見て近くの家の陰に隠れていたアイリがひょこっと現れ、カノアの傍に寄ってくる。


「あれ、怒ってるよな?」


「うん」


 後ろから見ても怒っている様子が見て取れるアイラの背中を見ながら、カノアとアイリは着いていく。


「……怪我、大丈夫?」

 

 アイリがカノアに声を掛ける。


「怪我? 攻撃は喰らっていないから大丈夫だ」


「そう」


 アイリはただそれだけ呟くと再び黙った。

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