第40話『ザ・ティア・イズ・ライク・ア・クレシェンド #2』

 街を見渡すと石造りの建物が立ち並んでいた。

 スラム街にあった建物ように簡易的なものではなく、石やレンガを積み上げて作られた頑丈な建物だ。


「こっちは随分と綺麗な街並みだな」


 その風情ある街並みは奥に行くに連れて段々と屋根が高くなっており、その一番高い位置に鎮座する建物は王城としての存在感を遺憾なく発揮していた。


「二人が来てくれてとっても助かりました♪」


「ううん、ママとこうやって買い物するの小さい時振りだから私も楽しい!」


 カノアは街並みに目を奪われていたが、ティアたちの会話が耳に入ってきたことで意識を二人に向ける。

 その楽しそうな雰囲気は本当の親子のようにも感じられた。


「カノア、大丈夫? 一人で荷物沢山持ってもらっちゃってるけど……」


 ティアが振り返ってカノアを心配する。


「ああ、これくらいなら、大丈夫、だ」


 ママはこんな荷物を毎回買って帰っているのかと感心しながら、カノアは両手いっぱいに手提げ袋を携えてギリギリ男のプライドを守っていた。


(もうじき夕方か。アイラたちと会話するだけならそんなに時間は掛からないだろうが、さすがにそろそろスラム街に向かわないと)


 カノアはこの後の予定を逆算して時間の配分を確認する。


「それにしても、今日はいつもよりも多いんだね?」


「今夜はごちそうだから特別です♪ 帰ってからがママの腕の見せ所ですよ♪」


(ごちそう? ママが王都に来たのは俺のケガの薬を買いにって話だった気がするが、やはり俺が行動を変えると過程も変わるのか?)


 カノアは過去の事象と照らし合わせてその変化に考察を重ねる。

 カノアたちは買い物を終えると、中央にあった広場まで移動した。


「さて、じゃあここまでで大丈夫です。二人とも助かりました♪」


 ママは手を差し出し、カノアの持っていた荷物を持とうとする。


「多いですけど、一人で持てますか?」


「大丈夫だよ、カノア」


「え?」


 ママの代わりにティアが返事をする。

 カノアはティアの言っていることがよく分らなかったが、それを理解するまでに時間は掛からなかった。


「いやぁ、今日も良い天気ですな、ママさん!」


「あらあら! いつもご苦労様です♪」


「とんでもない! ママさんに比べれば我々など遊んでいるようなもので!」


 どこからどう見ても街の衛兵なわけだが、何故だか複数人でママの元へとやってきた。


「ところでこちらは?」


「最近孤児院に来た、うちの子です♪」


「おお! これはこれは! 二人してママさんの手伝いとは立派ですな!」


「ええ、二人とも良い子なので助かってます♪」


 鼻の下を伸ばしてデレデレしている様子を見ると、どうやら王都でもその人気は折り紙付きらしい。


「検問でもやたら時間を掛けて話し掛けられると思ったらそういうことだったのか」


「そういうこと。ママが列に並んでいるのを見掛けると検問の衛兵さんたちソワソワし出すの。昔と変わってないな」


 ティアはそう言ってくすくすと笑う。


(前回王都に来たとき、訳有ってすぐに検問に戻らないと、とか言ってたのもこれが理由か……)


「それじゃあカノア。荷物をこちらに」


 ママがカノアに手を伸ばし買い物袋を受け取ろうとすると、衛兵が不思議そうな顔で尋ねる。


「二人は何処かに行かれるのですか?」


「二人はこの後用事があるみたいなのでここでお別れなんです」


 しゅん、とするママを見て衛兵たちがここぞとばかりに驚きの声を上げる。


「なんと! それなら我々が城門の外までお供しますよ!」


 衛兵の仕事とは何だろうか、とカノアは呆れつつも、ママ一人に荷物を渡さなくて済んだことには若干安堵していた。


「でもお仕事中なのに悪いです」


「いえいえ! ちょうど我々も城門の外まで巡回を行う予定でしたので問題ありません!」


 この中では一番の年長と思われる衛兵が他の若い衛兵たちに向かって同意を求めると、息をぴったりと合わせた返事が返ってくる。

 その勢いのまま、さぁさぁと荷物を渡すようにせがまれたカノアは持っていた荷物を一つずつ手渡す。


「あの、一つ伺っても良いですか?」


「む? 何でも聞いてくれたまえ! 民の声に耳を傾けてこその衛兵だ!」


 大義名分を私利私欲のために掲げている辺りいつか足元をすくわれるだろう。そう思いつつカノアは王都に来てから抱えていた疑問を投げかける。


「ここからスラム街の方へ行くにはどうすれば良いですか?」


 前回スラム街へは城壁の抜け道を通ったため、カノアは城壁内の道が分からなかった。

 だがそんな内情を堂々と言うことは出来ないので、知らぬ存ぜぬといった具合で衛兵に道を尋ねる。


「スラム街か。何の用があるか分らんが、あそこは無暗に近寄らない方が良いぞ」


 こそっと耳打ちするように衛兵がカノアに釘を刺す。だがママの手前、無下に断って印象が悪くなるのを恐れた衛兵はスラム街までの道のりを教えてくれた。

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