第39話『ザ・ティア・イズ・ライク・ア・クレシェンド #1』

 上の階で子供たちが騒いでる。


「カノア起きたー!」


 その言葉に続いてバタバタと足音を立てて子供たちが下に降りてくる音。

 それを聞いた私は何も言わずに立ち上がり、一階に降りてきた子供たちとすれ違うように二階へと駆け上がる。


 二階の端の部屋。最近までずっと空き部屋だったそこには、今一人の男の子が泊ってる。

 私はその部屋の前に辿り着くと、止まることなく中に入った。


「ごめん、私がもっと早く――」


 そう言いかけた私の言葉をカノアが遮る。


「ティア聞いてくれ。もしかしたらティアたちが探している研究所の場所が分かったかもしれない」


「え? どういうこと?」


 突然の話で理解が追い付かない。


「ティアたちが得た抜け道の情報は、城壁の何処かに中に入れる穴が空いているという内容じゃないか?」


 色々聞きたかったけど、言葉が詰まって声にならない。


「詳しいことはこの後話す。先に降りてダイニングで待っていてくれないか?」


「う、うん。……分かった」


 カノアのことだから私の知らないところで色々調べてくれていたのかもしれない。そう自分に言い聞かせて返事をするのがやっとだった。

 私はそれ以上喋らず部屋を出て扉を閉めると、扉の横の壁に背中を預けてもたれ掛かった。


 どうしてカノアが抜け道のことを知ってるの? 誰から聞いたの?

 そう聞きたかったけど、言葉に出来なかった。

 だって、私たちが教えるよりも先にカノアの口からこの話が出てきたらスパイだと疑えって。

 それを思い出すと、答えを聞くのが怖くなった。


「カノア、どうして? 信じて良いんだよね?」


 そう呟いて、私は下の階へと降りた。


 ◆◇◆◇◆◇◆


「俺と一緒に王都に行ってくれないか?」


「え?」


 ダイニングで一緒に朝ご飯を食べてると、カノアが私にそう言った。


「研究所のことに関しては直接その場所に行って説明したいんだ」


 直接その場所に? それってカノアはそこに行ったことがあるってこと? でもカノアはずっとこの村に寝泊まりしてて、王都に行く暇なんか無かったよね? それに――。


「どうしたんだ?」


「う、ううん。何でもない」


 どうしよう。エルネストもイヴレーア辺境伯の所だし、私一人で動いて何かあったら――。


「……ママの所に行こっか」


「ママ? どうしてママなんだ?」


「さっきママが王都に向かったんだ。ママは通行証を持ってるから、合流出来たら城門からでも一緒に入れると思うの。それに抜け道の辺りは潜入する時まで近付かないようにってエルネストから言われてて……」


 カノアのことは信じてる。森の中でも私のことを守ってくれた。だから優しい人だってことも分かってる。分かってる、はずなのに――


「分かった。じゃあ抜け道の方には行かず、ママと合流して城門から王都の中に入ろう」


 ママなら、エルネストなら、こういう時どうするんだろう? 誰かを頼るしかできない私に、やっぱり世界は救えないのかな。

 私たちは朝食を済ませると、孤児院を後にした。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 村の入り口でカノアが村長と話してる。

 何の話をしてるんだろう。横に居るいつもの商人さんとも話が弾んでる。まだこの村に来て数日なのに、カノアって凄いな。

 

「ありがとうございます。それでは少し出掛けてきますね」


 カノアが商人さんからバトスの実を貰ってる。あれ美味しいんだよね。カノアも好きなのかな?


「ティア。少しだけ歩くけど良いか? スノーラリアを探したいんだ」


「え! あ、う、うん。大丈夫」


 スノーラリアのご飯貰ってたんだ。私にも頂戴って言わなくて良かった。食いしん坊だと思われるところだったよ。

 けどスノーラリアのことまで知ってるなんて、いつの間に?

 もしかしてカノア、森で倒れてた時よりも前の記憶が戻ったの?

 ……こんなことも聞けないなんて、やっぱり私は臆病だ。


 ◆◇◆◇◆◇◆


「止まって」


 私はスノーラリアの背中をポンポンっと軽く叩く。

 城門が見えてきた辺りでスノーラリアは速度を緩めて止まってくれた。


「ありがとうね。これお礼」


「凄いな。こんなにちゃんと言うこと聞くものなのか」


「村の近くのスノーラリアは村の人によく懐いてるから」


「確か商人さんもそんなことを言っていたな。俺は初めて会った時『クエー!』っていきなり吹っ飛ばされたが」


「クエー? そういえばこの子もそんな鳴き声だったけど同じ子かな?」


「他のスノーラリアは違うのか?」


「んー、他の子はもうちょっとこう『クワッ!』って感じ?」


「違いがあんまり分からないな」


「えー、全然違うよ! こう『クワッ、クワッ!』って感じ! それで、この子は『クエー! クエー!』って――」


 ……カノアが変なものを見る目で私を見てる気がする。


「ふふっ」


「どうしてティアが笑うんだ?」


「内緒♪」


 ――ずっとこんな時間が続けばいいのにな。


「じゃあ行こっか。またね」


 そう言って私はスノーラリアの頭を撫でた。

 検問の列を見渡すと、今日も人がたくさん並んでる。

 その列の途中によく知ってる背中を見つけた。


「あ、ママ居たよ」


 カノアと一緒にママのところに近付く。ママもこっちに気が付いてくれて、列を抜けて来てくれた。


「あらあら、どうしたんですか二人とも? それにカノア、怪我はもう大丈夫なんですか?」


「すみません、ご心配をお掛けして」


「大丈夫なら良いんですが。それで二人はどうしてここに?」


 カノアのこと何て言おう。

 カノアが変なの、はちょっと違うし。抜け道の情報知ってるのはママには関係ない話だし。

 ここに来るまでにちゃんと考えておけば良かったな。


「王都に用があって通行証を持ってるママを尋ねて来たんです。急げば間に合うかなと」


「まぁまぁ、そうだったの! それじゃあ一緒にお買い物しましょ♪」


 そうだよね。自分でカノアにそういう風に伝えたのに。余計な事考え過ぎちゃってるな、私。


「カノア。お買い物して大丈夫なの?」


 自分の気持ちを誤魔化すようにカノアに話しかけた。


「ああ。まだ時間も早いし、一緒に入れてもらうんだ。荷物持ちくらいしないとな」


 こうやって話してるとやっぱりいつもの優しいカノアだ。

 やっぱりスパイだなんて、エルネストの考え過ぎだよね? 抜け道の話も、私の知らないところで一生懸命調べてくれたんだよね?


 私、やっぱりカノアのことちゃんと信じたいな。

 うまく言えないかもしれないけど、後で二人になった時にちゃんと聞いてみよう。

 三人での何気ない会話が、何だかいつも以上に嬉しかった。

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