第37話『泡沫の勝利 #1』

「お前その魔法以外使えねぇのかよ!!」


 アイラが魔獣の攻撃を避けつつカノアに向かって叫ぶ。

 

「す、すまない。まだ魔法はうまく使えなくて……」


「てめぇもっと気合い入れろや!」


 カノアは少し離れたところから魔物を狙うが、ほぼほぼ無視されている状況。

 魔法を使えるようになったものの、カノア自体が使い物にならないことを察した魔獣はアイラだけを徹底して追い掛け回していた。

 散り散りになって逃げていたスラム街の人間たちも様子を見に戻ってきて、未だ決着のつかない勝負を固唾を飲んで見守っている。


「どいつもこいつも、何であたしの周りにいる男は使えない奴ばっかりなんだ!」


 嘆きながらも段々と調子を上げていくアイラ。


「風が効かないとなれば……。仕方ねぇ、火を使うか。それなら流石に耐えらんないだろ!」


 魔獣はアイラの強大な魔法を喰らった影響で、時間の経過とともにその動きを鈍らせていた。


「よし! 覚悟しろよ、犬っころ!」


 アイラは再びロングブーツに手を当て、詠唱を始める。


「命あるものに終焉を。その身を焦がし、灰と化す――」


 魔術師にとって隙が生まれる詠唱の瞬間。

 それを待っていたと言わんばかりに、魔獣は残っていた力を解放し全力でアイラに襲い掛かる。

 カノアは咄嗟に腕を伸ばすが、距離を取っていたため当然間に合うわけもない。

 万事休すといったその時、カノアの肩に手が置かれ耳元で誰かが囁いた。


「ネオランビス・アスティル。あの魔獣に向かって唱えて」


 いつからそこに居たのかはカノアにも分からない。

 黒いローブを着た少女がそう告げると、カノアはそれが魔法を意味する言葉であることを理解し、魔獣に向けて手を伸ばしその言葉を唱える。


「【ネオランビス・アスティル】!!」


 その言葉の後、魔獣の体が変形する。二つの頭が圧縮され始め、足も本来曲がるはずのない方向へ。

 体が半分ほどに圧縮されたかと思うと、急激な膨張とともに一瞬の輝き放ち魔獣は大きな音を立てて爆発を起こす。


「うわ!?」

 

 あわや魔獣に噛まれそうになっていたアイラが驚愕の声を上げる。

 咄嗟に腕で顔を隠すが、その上から爆発によって散らばった魔獣の肉片が降り注ぐ。


「うげぇ、びちゃびちゃだ。血生臭いし、最悪……」


 泣きそうな顔をしているアイラを遠目に、カノアはその様子を呆然と見つめていた。


「見事な魔法だね」


「あの、今のは、俺が……?」


 そう言ってカノアが振り向くと、黒いローブの少女が近づいてくる。


「あら、君以外に誰が?」


「その黒いローブ! まさかあの女の――」


 カノアの言葉を無視するように、黒いローブの少女はカノアの背中に回り、魔獣につけられた大きな傷に手をかざす。


「じっとしててね――」


「ぐ!?」


 背中が焼けるように熱くなったが、すぐに痛みと共にその熱も引いた。


「これで楽になるはずだよ」


「君は、敵じゃない、のか?」


 少女は何かに気が付いたように、カノアの質問に答えるよりも先にこの場を去ろうとする。


「それじゃあこれで」


「待ってくれ! 君たちは一体――」


「自己紹介は次会った時にね。魔獣を退けたあなたにを」


 黒いローブの少女はそう言い残すと、足早にその場を後にする。

 それと入れ替わるように、遠くの方から武装した兵士たちが走ってくるのが見えた。


「おい、カノア。早く逃げるぞ! めんどくさい奴らが来た!」


 カノアの傍にアイラとアイリが駆け寄ってくる。


「だいぶ派手に暴れたからな。流石にちょっとやり過ぎた」


 アイラはバツが悪そうに苦笑を浮かべる。


「衛兵が来るとマズイのか?」


「あれは衛兵じゃなくて、王国騎士団の兵士だ。王都内で騒ぎを起こしたとなればあいつら容赦ないぞ」


 アイラの後を追うようにして、カノアたちの元に盗賊の少年が駆け寄ってくる。


「兄貴! ここは俺たちに任せてくだせぇ!」


「あ、兄貴?」


 突然そう呼ばれてカノアは戸惑う。


「言ったろ? ここじゃ実力が全てだって。さっきのを見て、こいつらもお前のことを認めたってことだ」


「へへっ、そういうことです。さ、時間もないので無駄話はこれくらいで」


 アイラが後は頼んだと告げると、カノアたちはアイラを先頭にその場を離れた。

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