第35話『スラム街の激闘 #1』

「ちっ! この魔物すばしっこくて手に負えねぇ!!」


 盗賊の少年たちや路肩で寝ていた男までもが錆びた剣や鉄管のパイプなどを手に、オオカミの姿をした魔物と対峙している。

 抜け道のある城壁付近には数名の男たちが怪我をした様子でうずくまっていた。


「お前らー! 姉御を連れて来たぞ!!」


「ヒャッハー! これで魔物もお終いだぁ!!」


 アイラが戦いに合流すると、魔物はそれを察知して標的をアイラへと変更する。


「へっ、いっちょ前に誰が頭か分かってますってか!」


 アイラは自身の履いていたロングブーツに触れると、装飾がほのかに光り出す。


「体は羽のように軽く、巻き起こす風は全てを切り刻む。速く、速く、雷よりも速く。風よ、あたしに力を。【メソ・アネモス】!!」


 呪文のようなものを詠唱すると、アイラは目にもとまらぬ速さで魔物へと接近する。


「相変わらず姉御の魔法はすげぇ! 魔物より早いぜ!!」


 周りで見ていた少年たちや大人たちがガヤを入れて戦いを盛り上げる。

 だが戦いは一瞬で決着し、最高潮を迎える前に終焉を迎えた。


「へっ! この街で暴れるやつはあたしが全部ぶっ飛ばしてやる!」


 圧倒的な速さで魔物を蹂躙し、アイラは得意気な表情で決めポーズを取る。

 スラム街のように寂れた街では娯楽と言ったものが少ない。そういった中での乱闘騒ぎはある種の娯楽のようなものだ。ましてや、相手が魔物とあればその盛り上がりは一方的なものになる。


「流石姉御! その年で中級魔法を扱えるなんて、国家魔導師も敵じゃないぜ!!」


 カノアたちが駆けつけてきた頃には、辺りはアイラを称賛する声で溢れていた。


「終わったのか?」


 カノアがアイラに問いかける。


「何だ今頃来たのか。もうちょい早ければあたしのかっこいいところ見られたのにな!」


 白い歯を見せて笑うアイラは見た目こそ年端も行かない少女だが、周囲の賛辞を聞く限りその実力は折り紙付きだ。

 とてつもない速さで動き回ったにも関わらず、息一つ乱していない。


「さて、じゃあ片付いたし飯食いに――」


 アイラがそう言いかけると、何処かで男が声を上げる。


「何だこいつは!?」


 その声に周囲で盛り上がっていた男たちも一斉に視線を向ける。

 先ほどまで暴れていたオオカミの姿をした魔物と酷似しているが、それよりも更に一回り体は大きな躯体が視界に入ってくる。

 だが、先ほどの魔物とは明らかに異なる点が一つ。


「頭が二つ!?」


 何処かの男がそう声を上げると、アイラは睨みつけるように言葉を口にする。


「あれは魔物じゃねぇ、魔獣だ!」


 アイラは再びロングブーツに手を掛け、先ほどと同じような詠唱を始める。

 そしてまた目にもとまらぬ速さで双頭の魔獣に襲い掛かる。


「てめぇもさっさとくたばりやがれ!」


 アイラは先ほどと同様に超速度で移動し真空の刃を起こして攻撃したが、毛一本すら傷つけられない。


「くそっ! 効いちゃいねぇ……」


 アイラは距離を取り、魔獣の動きを警戒する。

 魔獣は低い唸り声をあげてその鋭利な牙をむき出しにしている。


「姉御の魔法が効かねえなんて……。どうすんだあんな化け物」


 周囲の人々もその様子にたじろいでいる。

 そして魔獣は周囲を見渡し、ある標的に狙いを定めると地面を強く蹴って跳躍する。


「アイリ!!」


 魔獣はアイリを目掛けて、その大口を開けて飛び掛かる。

 咄嗟に隣に居たカノアがアイリを抱きかかえて横に飛んだが、魔獣の牙がカノアの背中を切り裂く。


「ぐっ!?」


 僅かに触れただけだが、鋭く尖った牙は肉をえぐるようにカノアの背中を傷つけた。


「てめぇ、よくもあたしの妹を狙いやがったな!!」


 アイラは妹が危機一髪のところでその攻撃を回避できたことに一瞬安堵したが、魔獣が標的としたことに俄然怒りが湧いてくる。


「許さねぇ!! 跡形もなく消してやる!!」


 アイラは激高し、それに呼応するかのようにロングブーツが光を増す。


「大気よ震えろ。風よ荒れ狂え。全てを刻み塵と化す――」


「おい、お前ら逃げろ!! 近くに居たら巻き込まれるぞ!!」


 周囲に居た人々が蜘蛛の子を散らしたように逃げ始める。

 魔獣もその気配を察知したのか、標的にしていたアイリの元を離れ再びアイラへと矛先を向ける。

 カノアは巻き込まれないようにアイリを抱えたまま魔獣から距離を取る。


「――虚空に帰せ。【メグ・シエラ】!!」


 辺りが一瞬真空になったかと思う程、空気が薄くなる。アイラが魔獣を下からロングブーツで思い切り空に蹴り上げると、それを追随するように地面から竜巻が起こる。

 カノアはアイリを片手で抱きしめ、飛ばされないようにもう片方の手で近くにあった大きめの鉄骨を掴む。


 周囲の空気を巻き込み大きくなった竜巻は、散乱していた廃材や建付けの悪い物置小屋の屋根などをいとも簡単に吹き飛ばした。


 数分の後、やがて竜巻はその威力を弱め空中へと分散すると、巻き上げられていた廃材や崩壊した建造物の一部が地面へと降り注いだ。


「はぁ、はぁ……。流石に上級はキツイな……」


 だが、空中から降り注ぐ瓦礫の中に、ひときわ目立つ赤黒い塊が紛れているのが見えた。


「おいおい、嘘だろ……」


 双頭の魔獣は地面に叩きつけられるが、ゆっくりと立ち上がる。体中が切り刻まれた怒りを表すように、アイラを睨みつけ真っ赤に染まる牙をむき出しにしていた。

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