第33話『スラム街と二人の少女 #1』
「――輝きは祝福。沈黙は飾り」
暗がりの抜け道に小さな声が反響する。
そしてその声に反応するように、何かが引きずられるような音を立てて動き出す。少しずつ差し込んでくる光が眩しく感じられた頃、カノアの目の前に出入口が姿を現す。
(この先が王都)
城壁の長い道を抜けると雪国、などではなく、中に入るとカノアの視界には寂れた風景が飛び込んできた。
「そいつが今日の収穫か。へへっ、良いもの拾ったな」
「おうよ。理由は分からねぇが、森の中を一人でうろついてやがった。こいつを連れて行けば姉御もきっと喜んでくれるぜ」
カノアを担いでいた少年が出入口をくぐると、近くにいた男が声を掛けてきた。
(これが王都? 王都と言うにはあまりにも寂れた街だが……)
カノアは声が出せないため視線だけを動かし、街の風景を観察する。
そこは街全体が寂れており、建造物も管理が行き届いているとは言い難い造りをしている。ましてやカノアを担いでいる少年含め、どの人間も着ている衣類の汚れや破損が目立ち、メラトリス村の人間と比べても決して身なりが良いとは言えない。
「さぁ兄ちゃん。これから俺たちのボスに会ってもらう。びびってちびったりすんなよ。はっはっはっ!」
少年はカノアを担いだまま街の中を進む。
路肩には何人もの男が地面に直接座っており、担がれたカノアを品定めするようにニヤついた笑いを浮かべている。
路地裏を数分ほど歩くと、周囲から隠れるように存在していた一軒の寂れた小屋が見えてきた。
「さあ兄ちゃん、ここだ」
入口の前に立つと、少年は中に向かって声を上げる。
「姉御ー! 姉御ー! 収穫を持って来やしたぜ!」
「うっせーな! 開いているから勝手に入ってこい!」
中から機嫌の悪そうな少女の声が返ってくる。
それを聞いて少年はカノアを担いだまま扉を開けて中に入る。
「姉御! 今日は上物を手に入れて来やしたぜ!」
中に入ると、そこは家具などが乱雑に置かれた空間だった。
カノアが視線を動かすと、木で出来た少し古びた椅子のようなものにボサボサの金髪を長くなびかせた碧眼の少女が座っているのが見えた。
その少女はカノアよりも年が若く見える。ボロボロになったパーカーのような服を着て、下に履いているショートパンツもダメージものだ。
そんな金髪の少女に向かって、少年は平身低頭と言った様子でカノアを差し出す。
「……そいつの縄と猿ぐつわを解いてやんな」
「へいっ! ……おい兄ちゃん。解いた瞬間逃げ出したら、分かってんだろうな?」
そう言うと少年はカノアの猿ぐつわを外し、後ろ手に縛っていた縄を解く。
「姉御、外しやした。それでこれからこいつどうしやす? 身なりも綺麗ですし、きっと何処かの貴族のガキですぜ。たんまりと金ふんだくって、久しぶりに宴といきやすか?」
「お前は下がれ、後はあたしが話をつける」
「へいっ! そしたら自分は外で待ってやす。 ……おい兄ちゃん、改めて言っておくが変な気は起こすなよ?」
少年はカノアの耳元でそう囁くと外に出て行き、入り口の扉を閉めた。
少年が居なくなったのを確認して金髪の少女がカノアに話し掛けてくる。
「あのさ、兄ちゃん。……あたしが何に見える?」
「……ヤンキー、か?」
「てめぇ! あたしはこう見えても真面目に生きてんだ! 変なこと抜かしていると――」
カノアはその言葉を遮るように自分の言葉を被せる。
「冗談だ。君は……スラムの出身じゃないな。なんで女の子がこんなことをやっているんだ?」
「は、はぁ!? てめぇ、女の子って……」
少女は少し赤らめた顔を背けて視線だけをカノアに向ける。
「いや、それよりなんであたしがスラム出身じゃないって」
「見れば分かるさ。君の佇まいはまるで――」
「い、良いよもう! それ以上喋んな!」
尻すぼみに声量を小さくしながら少女がカノアをチラチラと見る。
「お前、人を見る目あるんだな」
「見る目か。ずっと前にもそうやって褒めてくれた人が居たな。いや、先日のことか」
カノアが自虐的に鼻で笑うと、それを見ていた少女が可哀そうなものを見る視線を送る。
「何わけわかんねぇこと言ってんだ? まさかヤバい薬に手を出して……」
「よしてくれ。スラム街でその冗談は人聞きが悪過ぎる。……それで、女の子がなんでこんな悪党の真似事みたいなことをしているんだ?」
少女は軽く溜息をついてから釘を刺すように言葉を返す。
「その女の子って言うのはやめろ。女扱いされるのには慣れてねぇんだ」
「なら名前を――の前に、俺の名前はカノアだ。君は?」
「ご丁寧にどうも。あたしはアイラ。ここは男も女も関係ねぇ。強いやつだけが生き残る。ただそれだけの街だ」
「そもそもよく分からないまま連れて来られたが、ここは王都内なのか?」
「王都内だけど、端っこにある寂れたスラム街さ。没落した貴族や流れ者なんかが集まってくる。ここは身分を気にする奴は誰もいねぇし、城壁の中ってこともあって食料や服も手に入れやすい。お尋ね者が生きていくにはうってつけの街なのさ」
「なるほどな。それで君はそのスラム街のボスって感じか?」
「ボスって言ってもガキが集まって騒いでるだけさ。それにあたしだって好きでこうなったわけじゃねぇ。ここでアイリと二人で暮らしていくには、女だからって舐められるわけにはいかなかった。そう思って突っぱねて生きてく内にいつの間にかあいつらが姉御、姉御って。だーっ! 少しは放っといてくれってんだ!」
アイラは「ああ、もう!」と言いながらボサボサの金髪を更にかき乱す。
どうやらボスと言うのも周りが勝手に言っているだけで、本人としては不本意の立場の様だ。
カノアはアイラの口から出てきたもう一人の少女の名前について、問いかける。
「その、アイリというのは?」
カノアは、その時何かが自分に視線を送っていたことに気が付く。
部屋の隅の方にあった木で出来た古い小さなベッドの上を見ると、膝を抱えるように一人の少女が布団を頭から掛けて縮こまっていた。
「その子がアイリ。あたしの妹さ」
容姿はアイラよりも更に若い。いや、幼いと言った方が適切だ。
その少女は何を喋るでもなくただカノアのことを眺めていたが、カノアが視線を合わせようとするとさっと布団で顔を隠してしまった。
「お前アイリに何かしたらぶっ飛ばすからな」
「酷い言いがかりだ」
後ろ手に縛られていた縄の跡がまだ少し痛む。手首を擦りながらカノアはため息をついた。
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